コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
海岸には人が少なく、ちょうど夕陽が水平線へと沈もうとしていた。
「紗季、ちょっと真面目な話していい?」
「……うん」
葵はスニーカーのつま先で砂を蹴ってから、ぽつりと話し始めた。
「最近ね、私……ちょっと悩んでたの。私たちって、このまま“好き”って気持ちだけで一緒にいていいのかなって」
紗季の胸に、冷たい風が吹いたようだった。
「どういう、こと?」
「恋人って……もっと触れ合ったり、キスしたり、そういう“恋愛っぽさ”がなきゃおかしいって、他の人の話聞いてると思っちゃって」
「私たちの関係は、そうじゃないからってこと?」
「違うの。紗季と一緒にいるのはすごく落ち着くし、大事だって思う。でも――それだけじゃ足りないのかなって、不安になることがあるの」
静かな波音が、ふたりの間を流れる。
紗季は葵の手をそっと握った。あたたかくて、少しだけ震えている。
「ねえ、葵。私は……無理に“恋愛っぽく”しなくてもいいと思うよ。好きって気持ちは、ちゃんとある。でも焦らなくていい。私たちの形は、私たちだけのものでいいと思う」
「……それでも、私のこと、好き?」
「うん。ずっと、好き」
葵の目に浮かんだ涙が、光の中できらりと揺れた。
ふたりはそのまま寄り添い、夕陽が沈むまで何も言わずに海を見ていた。
この気持ちは、形にはまらない。
だけど確かに、ここにある。