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大学3年の春。キャンパスの新緑は眩しく、街は新生活を始める人たちでにぎわっていた。
紗季は、大学の図書館の静かな窓際でノートパソコンを開いていた。開いているのは、就職情報サイト。だけど目は、さっきからスクリーンの中身をほとんど追えていない。
(やりたいこと、か……)
ゼミの教授に言われた。「君は何になりたいの? どんな未来を思い描いてる?」
それが、まったく分からなかった。
一方で葵は、目を輝かせながら話していた。
「小さくてもいいから、子どもに関わる仕事がしたいの。保育じゃなくて、もっと自由に、遊びとか創作とか、そういう場所を作れたらいいなって」
そんな葵の隣にいるのは心地よい。けれど――時々、置いていかれるような気もしてしまう。
ある雨の日のカフェ。紗季は自分でも珍しく、感情をそのまま口にした。
「葵って、すごいなって思うよ。ちゃんと自分の夢があって」
「……そんなことないよ。私だって不安だらけ。今でも本当にこの道でいいのかって悩むし」
「でも、ちゃんと進んでる。私は、まだ何にも決められてない……。周りに流されてばっかりで、自分が何したいのかも分からないまま」
そう言う紗季の目を、葵はまっすぐ見つめた。
「大丈夫。紗季はちゃんと考えてるよ。止まってることと、悩んでることは違う」
「……そう、かな」
「うん。私、紗季が自分で何かを見つけるまで、待てる。ずっとそばにいるから。だから焦らなくていいんだよ」
紗季は、目を伏せたままうなずいた。
(葵がそう言ってくれるなら、私も……)
あの日、夕焼けの教室で手をつないだ約束。その続きは、今も静かに進んでいるのかもしれない。