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「これを。火傷によく効く薬草じゃ」
ベッドに寝かされたフィルは何度も流水で手を洗われたあと、神の遣いとされる『シャーマン』と呼ばれるおばあさんの手当を受けていた。
薬草を塗り、その上から包帯で巻くと、シャーマンはクリスティーナを振り返る。
「しばらくすれば痛みはなくなる。傷もほとんど残らんじゃろう」
「ありがとうございます、シャーマン様」
クリスティーナはホッとしながら、目を潤ませて頭を下げた。
「それにしても、この剣を抜いたというのは|真《まこと》か?」
え?と、クリスティーナは首を傾げて、フィルの横に置いてある剣に目を転じる。
「あ、はい。この剣が壁に掛けてあったのをお借りしました」
「なんと!では、この剣で戦ったというのか?」
「ええ、そうですが…」
なぜそんなに驚かれるのだろう。
ひょっとして、勝手に触ってはいけないほど大事な剣だったのだろうか?
「あの、申し訳ありませんでした。手元に武器がなかったものですから…」
クリスティーナが深々と頭を下げると、シャーマンは首を振った。
「謝ることはない。この剣はこの王子の物なのだから」
「え?それはどういう…」
ますますクリスティーナは首をひねる。
「この剣はその昔、私の祖先がまじないをかけて作った剣なのじゃ。これを鞘から引き抜けるのは、太陽の王となる者だけだと」
「太陽の王…でございますか?」
「そうじゃ。天からの祝福を受けて生まれ、人々を幸せへと導く、光輝く王。その王の為にこの『太陽の|剣《つるぎ》』は作られた。何百年も経つが、今まで誰一人としてこの剣を抜くことはできなかった。私はいつかこの目で、太陽の王がこの剣を抜くところを見たいと願っていたんじゃよ。それがまさか、この国の王ではなく、他国の王子だとは思いもよらなかったがの」
「それが、フィル…」
クリスティーナはシャーマンの言葉を噛みしめながら、ベッドで眠っているフィルを見つめた。
病み上がりで戦った疲れもあってか、フィルはしばらく眠ったままだった。
クリスティーナは片時もそばを離れず看病していたが、王妃に促されてドレスに着替え、少しの食事を取った。
半日ほど経って、ようやくフィルは目を覚ます。
クリスティーナはすぐさまフィルの顔を覗き込んだ。
「フィル?大丈夫?」
「…ティーナ」
フィルは優しく微笑むと、クリスティーナの頬に右手で触れる。
「無事で良かった、ティーナ」
「フィルは?まだ痛む?」
「いや、もう平気だ」
「薬草が効いたのね、良かった」
クリスティーナは涙ぐんで、頬に触れられたフィルの右手をそっと両手で包み込む。
「どれ、腕を見せてごらん」
後ろからシャーマンの声がして、クリスティーナは場所を譲った。
フィルが身体を起こすと、シャーマンは包帯を取って傷を確かめる。
「赤みも引いてるね。これならもう大丈夫じゃ」
「ありがとうございます」
礼を言うフィルを、シャーマンは感慨深げに見つめた。
「そなたが太陽の王か…。もはや古い言い伝えは、誰にも信じられずにいたというのに。私の祖先は、やはり正しかった。私はずっとこの時を待っていたのじゃよ」
…は?と、フィルはポカンとしている。
国王が歩み寄り、フィルに詳しく話して聞かせた。
「私ですら、信じていなかったのだよ。何度も抜こうと試みたが、剣はびくともしなかった。私だけではなく、父も祖父もね。だから飾りのように、ダイニングルームに掛けておいた。それがまさか、目の前でいとも簡単に引き抜かれるとは…。驚きのあまり夢でも見ているのかと思ったよ。だが改めて考えてみると納得した。そなたは我がスナイデル王国を救ってくれた英雄だ。この剣を持つにふさわしい。いや、そなたしかこの剣を持つことは許されないのだ」
そう言って、スナイデル国王はフィルに太陽の剣を手渡す。
「我々は未来永劫、あなたに感謝するよ。太陽の王」
国王が頭を下げると、王妃や王子達、その場にいた全員がフィルに深々と頭を下げた。
*****
ダイニングルームでご馳走を振る舞われたあと、フィルとクリスティーナは身支度を整えて帰る準備をした。
「もう少し休んでいかれた方が…」
心配する王妃に、クリスティーナは微笑んで首を振る。
「子ども達が待っていますので」
「そう。それなら早く帰ってあげないとね。でも本当にあなた達がご無事で良かったわ。わたくし達のことなど助けずに、すぐにここを去ることだってできたのに」
そう言われて、確かに…と、思わずクリスティーナはフィルと顔を見合わせた。
牢から脱出したあと、そのまま馬に乗って立ち去ることもできたのだが、二人にはそんな発想はまるでなかった。
「こんなに酷いことをしたこの国を助けてくださって、本当にありがとう。心から感謝いたします」
お礼はまた改めて。今はとにかく早くお子様達のところへ、と、二人は豪華な馬車を用意される。
フィルはしっかりと太陽の剣を腰に差し、最後にクリスティーナと共に見送りの人達を見渡した。
クリスティーナは、遠くからそっとこちらの様子をうかがっているケイティを見つけると、真っ直ぐに歩み寄る。
「ケイティ」
「クリスティーナ様…」
ケイティは目に涙を溜めて深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。どのような罰も受け入れる所存でございます」
「罰なんて、何もないわ」
牢屋に入れられたグラハム2世はこれから然るべき処罰を受けるだろうが、ケイティに非はないと、クリスティーナは国王と王妃に話してあった。
「ケイティ、ご家族のことで困ったことがあったら、いつでもコルティアに手紙をちょうだいね。力になれたらと思っているから」
「クリスティーナ様…」
ケイティは驚いて目を見開いてから、ポロポロと涙をこぼす。
「もったいないお言葉でございます。クリスティーナ様、本当に申し訳ありませんでした。お優しいクリスティーナ様のことは、一生忘れません」
「ありがとう、ケイティ。またいつか会いましょうね」
クリスティーナはケイティの背中に手を添え、優しく微笑んでから馬車に乗り込んだ。
*****
「ねえ、フィル。これってまた3日間も馬車に揺られたままなの?」
スナイデル王国を発ってしばらくすると、クリスティーナは不満げに口を開く。
またか、とフィルは頭を抱えた。
「どうにかならないのかしら。子ども達と約束した日に遅れてしまうわ」
「クリスティーナ…。気持ちは分かるが仕方ない。それにコルティアは今、グラハム2世からの声明文を受け取って大騒ぎになっているはずだ。無事に帰れるだけでも良しとしよう」
「大騒ぎになっているからこそ、早く帰らなければ。ねえ、御者の方に頼んでみてもいい?馬車はやめて馬だけお借りしたいって」
そう言うとクリスティーナは窓から顔を出し、御者台の方に身を乗り出す。
「クリスティーナ、頼むから大人しく…」
フィルが止めようとした時だった。
「フィル!あれを見て!」
クリスティーナが前方を見ながら声を上げる。
馬に乗った一軍がこちらに向かってやって来るのが見えた。
まだ遠目でよく分からないが、鮮やかなロイヤルブルーの軍服は見間違えようがない。
「ジェラルド連隊長!オーウェン!」
「お父様!オーウェン隊長!」
フィルとクリスティーナは、窓から身を乗り出して手を振る。
「王太子殿下!」
驚いたような声がして、一軍は一気にスピードを上げると馬車の前で止まった。
「ご無事でしたか!」
クリスティーナの父であるハリス=ジェラルド連隊長が、喜びを噛みしめながら声をかける。
「俺もクリスティーナも無事だ。スナイデル王国のクーデターも阻止した。何も心配はいらない」
おおー!と、オーウェンや近衛隊の隊員も雄叫びを上げる。
「ご無事で何よりでございます。国王陛下も王妃陛下も、どれほどご心痛でいらっしゃったか…。一刻も早く帰りましょう」
「ああ」
ハリスの言葉にフィルが頷く。
するとクリスティーナが、一番近くにいた隊員に声をかけた。
「ねえ、ちょっとあなた。馬から降りてこちらに来てくれない?」
「は?わたくしですか?」
「そうよ」
にっこりと微笑みながら、クリスティーナは若い隊員を手招きして馬車に乗せる。
代わりにフィルが降ろされた。
なんだ?と皆で見守っていると、
「ギャー!おやめください、クリスティーナ様!」
と隊員の叫ぶ声が聞こえてきた。
「ちょっと、クリスティーナ?一体何を…」
フィルが馬車に近づいた時、ガチャリと中から扉が開いて、軍服姿のクリスティーナが降りてきた。
「ク、クリスティーナ、まさか!」
クリスティーナはリボンで髪を一つに束ねると、馬車の中を振り返る。
「あなたは馬車でゆっくり帰ってきてね」
軍服を剥ぎ取られた隊員は、クリスティーナが脱ぎ捨てたドレスに埋もれて呆然としていた。
*****
「あー、これこれ、この感じ!気持ちいいわ」
軍服姿で意気揚々と馬を駆るクリスティーナに、フィルは呆れてため息をつく。
結局フィルも隊員の馬を借りて、近衛隊第一部隊と一緒に一気にコルティアを目指すことになった。
「まったくもう…。追いはぎする王太子妃なんて、聞いたこともないぞ」
「ん?何か言った?」
「いいえ!何も!」
大声で言い返してから、フィルはふと気づく。
「クリスティーナ!まさか、あの隊員の前で着替えたのか?」
「え?そうだけど」
「そうだけど?!何を言ってるんだ!男の前で着替えるとか、な、な、なんてことを!」
「大丈夫よ。あっち向いててって言ったから。それに別に裸になった訳じゃないしね」
はだっ…!と、フィルは絶句する。
「クリスティーナ!帰ったら説教だからな!」
「あら、なぜ?」
「な、なぜって、当たり前だろ!何を言っている?!」
今にも説教を始めそうなフィルを、クリスティーナは速度を上げて振り切る。
「待て!クリス!」
「待たないわ。早く子ども達のところに帰りたいもの」
「その話じゃない!」
言い合いながら爆走する二人を、ハリスやオーウェン達はポカンとしながら追いかけていた。