バスの窓から見える景色が、次第に日常を離れていく。山々の緑と、田園風景。
澪たちと同じ班で座る陽は、なんだか夢の中にいるような気がしていた。
「なんか、不思議な感じだね。こうやってみんなで遠くに来るの」
澪が、ふいに隣でそんなことを言った。
澪の隣には花、後ろには迅。
4人の班は移動中もずっと一緒だ。
「……ですね。学校にいるときとは、景色も時間の流れ方も全然ちがって」
「ふふっ、陽くんって詩人みたいだね」
冗談めかして笑った澪に、陽は少し照れながらも返した。
「いや……ただ、楽しいなって思って」
そんな会話をしていると、やがて一行は最初の観光地、京都の嵐山に到着した。
渡月橋の下を流れる川は、夏の気配を含んで澄んでいる。
班別行動が始まると、花が勢いよく手を挙げた。
「じゃあさ、まずは竹林! 写真映えするよ!」
「ナイスセンス」
迅が笑いながら肩をすくめる。
みんなの空気が自然とほぐれていくなか、陽はふと、澪と二人きりになる機会を探していた。
そのタイミングは、思いのほか早くやってきた。
神社に向かう途中、花が「ちょっとトイレ」と言い、迅も「自販機で水買ってくる」と言って離れた。
気づけば、澪と陽、ふたりだけ。
「……こういうとき、何話せばいいんでしょうね」
「うん、別に話さなくてもいいよ? でも——」
澪は立ち止まり、少しだけ陽の方を見上げた。
「陽くんと話すと、落ち着くから。静かなのも、なんか心地いい」
心臓が、ふいに跳ねた。
修学旅行という非日常のなかで、それはとても特別な言葉に聞こえた。
「ありがとうございます……僕も、澪さんといると、安心します」
「ふふ、なんか照れるね」
そう言って澪はまた歩き出す。
その背中を、陽は一歩分だけ近くに感じながら、そっとついていった。
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