テラーノベル
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午後三時。参加者は全員洋館の前の広場に集められた。これから毎日三十分間だけ、午後三時から午後三時三十分の間に、パートナーと手を繋いで過ごさないといけないらしい。ローラシアが「今は手を繋ぐ必要がない」と言っていたのはこういうことか、と月呼はひとり納得する。
月呼と侑加は手を繋ぐ。すでに繋いだことがあるのでそこまで緊張感はない。ふたりは広場のベンチに腰かける。
「寒くない?」
月呼の手が冷たいからだろう、侑加が月呼のことを気づかった。
「大丈夫。侑加くんの手があたたかいから、私の手もすぐに同じ温度になりそう」
侑加のさりげない優しさは月呼の胸を熱くさせる。
月呼は広場を見渡す。外周が五百メートルほどの広場には、中央に噴水があって、花壇には季節の花が植えられていた。浪本と手を繋いでいるくるるは彼と話そうともせず、つまらなさそうな顔をして歩いている。豆隆と瑞麻はベンチに座っていて、手を繋ぐこと以外はなにもしていない。後の二組は別の場所にいるようで、どう過ごしてしているのかわからなかった。
なにも一年でもっとも寒い月に外出させなくても、と憂鬱に思っている参加者もいることだろう。そういう人間からすると好きでもない異性と三十分間手を繋ぐより、寒さの方がストレスかもしれない。
「レムリア・ゲームって今みたいな人肌が恋しくなる季節でないといけないのかと想像していたんだけれど、そこは関係ないみたいだね。是洞さんが前回は夏に行われたって言っていたから」
「人肌が恋しい、ってなに?」
「……」
月呼は返す言葉に迷う。そこから説明しなければならないのか、と。侑加は世の中の出来事や物事に無知な印象がある。きっと、流行りにも興味がないだろう。
「冬は寒くて、体も冷えるよね? だれかと触れ合うことで体をあたためたい、という意味かな」
「暖房があるのに? 暖房の方があたたかいのに?」
「確かにぬくもるだけならこたつやストーブの方があたたかいんだけれど、ひとりだとさみしさまでは満たせないよね」
月呼は侑加と繋いでいる手を少し上げた。
「私の手、最初は冷たかったのに、侑加くんの手の温度でだんだんとそうじゃなくなっているでしょう? これだって、たき火やカイロの方がすぐに寒さをしのげる。でも、同じ人である侑加くんにあたためてもらった方が、心はほっとするよね」
「前沙さんは今ほっとしているの?」
「えっ? う、うん」
例えばの話だよ、とはぐらかすこともできたが、正直にうなずく。それはありのままの本心だった。
月呼は次の言葉が口から出てこない。侑加も黙っている。ゲームに参加中のふたりは自由に会話ができるわけではなかった。月呼はなになら話せるかと頭で考える。
「侑加くんは人生で人を好きになったことはある?」
「……え?」
「話してルールを破りそうなら無理に話さなくていいよ。私はあるの。人生で二回だけ」
その話はそんなにしたかったわけではないが、自分の過去の恋愛話で場を繋げることにした。
「ひとり目は高校時代の同級生。名前は佐藤(さとう)くんってことにするね。本当の名前は違うよ」
月呼は初恋の男子の顔を思い出す。本名は井手迫光典(いてさこみつのり)。光典自身は口数が少なかったが、クラスのムードメーカーとつるんでばかりいるような人間だった。光典といえばバスケットボール、というくらい、当時の光典のバスケットボールにたいする情熱は鮮明に月呼の記憶に残っている。朝も夜も自主的に練習していたり、部の規則でもないのに短髪を維持するほどの入れ込みようだった。
「佐藤くんとは同じクラスになっても話したことがなかったんだけれど、私と彼が文化祭実行委員会に選ばれたことから、一緒にいることが多くなって」
光典と初めて話した時、相手から「実は石上とは前から話してみたかったんだ」と言われたことをおぼえている。
「ふたりで一緒に帰ったり、休み時間や放課後に勉強を教え合ったり」
侑加には言えないが、光典と交流するようになってからは、彼が睦洋のパン屋で毎朝パンを買うようにもなった。月呼が光典に惹かれたいちばんの理由は、彼は他の人と違って月呼のエジプト考古学にまつわる話もちゃんと聞いてくれていたからだ。それだけでなく、研究者になりたいという夢も心から応援してくれていた。バスケットボール選手と研究者、互いに目指すものは違えど、光典がひたむきに努力する姿は月呼の心に訴えるものがあった。
「文化祭が終わっても仲よくしていてね。そうしたら、私たちがつき合っているんじゃないかって、ふたりの関係をクラスメートにからかわれるようになったの」
月呼は話しながら侑加の横顔をちらちらと見る。鼻が高いな、なんて気を取られたりしていた。
「佐藤くんは『俺がこんな女、好きになるわけがないだろう!』って、私の前で言い放ったんだ。私はその言葉に深く傷ついた。佐藤くんが自分と同じ気持ちだったらいいなってずっと思っていたから、彼はそうじゃなかった、ふたりで過ごしてうれしかったり楽しかったのは私だけだったんだって。それから佐藤くんを避けるようになって、全然話さないままクラス替えとなったの。それは卒業するまで変わらなかった」
正確には「俺がエジプトのことばかり話すこんな女を好きになるわけがない」だ。自分の好きなものを否定されたショックは人間不信になるいきおいで、しばらくは食事がのどを通らず、不本意に痩せてしまうほどだった。立ち直るまで毎晩泣いて枕を濡らしたものだ。
「……それはその人の本心だったんだろうか。前沙さんのことをそこまで嫌に思う男がいるとは思えない。照れ隠しだったんじゃ」
侑加の言うように、高校を卒業間近、光典から月呼に声をかけたそうにしていた時がある。今思い出しても、彼は月呼に謝ろうとしていたのだろう。けれども、立ち直るのに時間がかかった月呼としては、光典の行動は虫がいいように感じ、話すことすら拒否してしまった。
「そうだったとしても、彼のことは二度と好きになったりはしない。いくら好きの裏返しでも、人にたいして言っていいことと悪いことがあると思う。一度冷めた気持ちはもう二度と元に戻ることはないね」
「……」
#探偵
橘靖竜
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おだんご🍡
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コメント
1件
月呼の過去の恋愛、すごく胸に刺さりました。あの「好きなものを否定された傷」って、なかなか言葉にできないけど、確かに喉の奥にずっと残る感覚があるんですよね。侑加が「照れ隠しだったんじゃ」とさりげなくフォローするのが、月呼のことが気になってる証拠みたいでじんわりきました。あたたかさとほろ苦さが混ざるいい回でした。