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「……レオン、苦しいです」
「あっ! うん……ごめん」
クレハの呼びかけで我にかえる。彼女の体を締め付けていた腕の力を僅かに緩めた。
俺はこれからどうすればいい……父上からしたら『何もするな』なんだろうけど。確かに、今の段階で俺にできることなんて無いに等しい。でも、純粋に姉を心配しているクレハを見ていると、居た堪れなくて仕方がない。
やっぱり嫌だな……クレハを家に返すの。今からでも中止にできないだろうか。フィオナ嬢のリブレール行きが決まった時点で、父上とジェムラート公が話し合って立てた予定なので、今更変更が効かないのは分かっているが……
とりあえず、フィオナ嬢の話は一旦置いておいて、クレハに聞いておかないといけない、もう一つの話をすることにしよう。
「そうだ、クレハ。話が変わるけど、コレ見覚えない?」
レナードから預かった蝶をクレハの目の前に差し出した。
「何ですか、これ……ちょうちょ?」
「うん、レナードが中庭で拾ったんだって。クレハが作ったものじゃないのかな?」
「いいえ、知らないです」
「そっか、クレハの物だと思って持ってきたんだけど、違ったんだね……」
クレハじゃない。そうなると、一体どこの誰が何の目的で……黄色に輝く蝶か……
「これ、紙でできていますね。今にもひらひらと飛んで行きそう。私だったらこんなに綺麗に蝶の形に切り取れないです。不器用だから」
「でも、クレハなら蝶を作ることは難しくても、飛ばすことはできるんじゃない?」
そういえば、俺はクレハが力を使う所を目の前でちゃんと見たことが無かったな。良い機会だ。クレハの風魔法をじっくり見せて貰おう。
「この蝶をクレハの魔法で……できそう?」
「もちろんです! いっぱい練習したんですよ。見てて下さいね、レオン」
得意げに胸を張るクレハが可愛い。再び彼女を抱き締めようと伸びる腕を、すんでのところで制止する。それはまた後で……今はクレハの魔法に集中しろ。
クレハは俺から蝶を受け取ると、それを手の平に乗せた。彼女の手が白い光に包まれる。すると、ふわりと風が吹き上がり、俺とクレハの髪を揺らす。白い光……クレハの魔力の輝きだ。黄色には見えないな。
魔法が発動する時に生じる光には個人差があるらしい。俺は瑠璃色、メーアレクト様は明るい青色だった。つまり、少なくともクラヴェル兄弟が発見した時に蝶を飛ばしていたのは、クレハではないと確定した。
「レオン! ほら、見て下さい」
彼女の指差すほうを見ると、白く輝く蝶が空中を舞っていた。本当に生きているみたいだ……発光していなければ本物の蝶と見間違える程に。こんなに細かい動きをさせる事も可能なのか……
「見てるよ、凄いね。本物の蝶みたいだ」
クレハの頭を撫でてやる。彼女は照れくさそうに俯いた。口元がむにゅむにゅと動いている。ニヤけるのを我慢しているのだろう。褒められて嬉しいのが丸わかりだ。
クレハは数分ほど部屋の中で蝶を飛ばして見せてくれた。思っていた以上に、この子は魔法を扱うのが上手い。力の強さも本家の人間と比べても遜色ない。
「今では自分の体も浮かせることができるんですよ。最初は石ころや貝殻を浮かせるだけで精一杯だったのに……」
「確か、クレハに魔法を教えたのはルーイ先生って言ってたよね。神様だから当然だろうけど、やっぱり魔法について詳しいんだ? 他にはどんなこと教わったのかな」
「魔法に関しては元になっている神様の話や……魔法を使うための条件とか方法とか色々……」
「へぇー、それならもちろん外国の……コスタビューテ以外の魔法についても、先生はご存知なんだね」
「はい! あっ、ほらレオンが私にくれたこのピアス……これはコンティドロップスっていうローシュの貴石で、魔法を使う為の道具だっていうのもルーイ様が教えてくれて……」
「えっ、ちょっと待って。クレハ、その石の正体知ってたの? いつから?」
「いつからって……ピアスを頂いてから割とすぐにルーイ様から聞きました。石を見たルーイ様が、レオンの力の強さにびっくりしてたからよく覚えてます」
クレハが何も言わずに身に付けてるから知らないと思ってた。先生の態度も……あえて黙認してくれてるものだとばかり……。それじゃあ、俺が頻繁にクレハの位置確認してたのもバレてたのか……
「引いた?」
「えっ?」
「だってクレハ、その石の使い方知ってるんでしょ。俺のこと気持ち悪いって思わなかったの?」
「気持ち悪い? そりゃ、最初はちょっと怖いかなって思いましたけど……ルーイ様も持ってるだけなら平気だっていうし……それに、レオンの力が詰まったこの石、とっても綺麗です。星が輝いてる夜空みたいで」
どうして気持ち悪いなんて言うのかと、クレハは不思議そうに頭を傾ける。微妙に話が噛み合っていないな……
「クレハは何故、俺がその石を君にあげたのだと思う? 君がさっき言った通り、その石はコスタビューテの物じゃない。ローシュから取り寄せたとても珍しいものなんだよ」
「この石を体内に取り入れることで魔力を得ることが出来ると、ルーイ様から伺いました。レオンは御守りって言ってたから、いざという時に食べろって意味なのだと……」
気持ちは嬉しいが、やはり抵抗があるので今後も食べることはないと、クレハは申し訳なさそうに言う。
そうか……クレハはこの石が追跡に使える事は知らないんだな。俺の目的もいい具合に勘違いしてくれてる。いずれちゃんと話すつもりだけど、今はまだ秘密にしておきたい。
「石を食べることは体への負担も大きいみたいだし、クレハはそれに頼らなくてもちゃんと自分の力を扱えている。だから、その石はただ持っていてくれるだけでいいよ。軽率だった……すまない」
「謝らないで下さい。私、このピアスとっても気に入っているんですよ。シンプルなデザインだからどんな服装にも合わせられるし……それに……」
クレハは突然もじもじと言葉を詰まらせる。俺はそんな彼女を急かすことはせず、静かに待った。俺の顔を見たり逸らしたりを繰り返し、なかなか踏ん切りがつかないクレハに、ゆっくりでいいからと笑ってみせる。
「こっ……このピアスを付けていると、レオンがいつも側にいてくれるみたいでとても安心するんです」
真っ赤な顔で告げられたクレハの言葉。俺の自己満足でしかない贈り物に対して、そんな風に思ってくれていたことに罪悪感を感じない訳ではない。真相を知った後でもそう思えるのかと、冷静に考えてしまったりもする……それでも――――
「勘弁してよ……」
嬉しいと感じてしまう自分の心は単純で正直だった。彼女に負けず劣らず赤面しているであろう自身の顔を隠すように、俺は口元を手の平で覆った。