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ゆがむ、恋。

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ゆがむ、恋。

13 - 【過去編】第3話 「反転する鼓動」~出会い~

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2025年08月05日

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夜の駅は、静かだった。最終電車が出たあとの構内には、ほとんど人影はなかった。


ベンチに座る女がひとり。

うつむいて、手元のスマホを見つめている。

彼女の名は、美咲。


良規はその姿に、目を奪われていた。

暗い照明の下で、彼女の横顔はどこか痛々しく、それでいて、息を呑むほどに美しかった。

落ちていく人間の美しさ……。


それは彼の中にある、人間の”闇”を観察する欲望を刺激した。


ふいに、美咲の手からスマホが滑り落ちた。

「……っ」

小さく肩を震わせる彼女よりも早く、良規はそれを拾い、差し出した。

『落としましたよ。』


無意識だった。

いつもの良規なら、声などかけなかった。

無関心を貫き、通りすぎるだけだった。

けれどこの夜だけは、何かが違っていた。


美咲は顔を上げ、驚いたように彼を見た。

その目は、まるで水底から差し込む光を見つけた魚のようだった。

怯えと迷いと、わずかな希望……

すべてが、入り混じっていた……。


「……ありがとう」

それだけを告げて、彼女はスマホを受け取ると、また黙り込んだ。


­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–『帰るつもりは、ないんだ』­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–


良規はすぐに悟った。


この女も、家に居場所がない。

誰も待っていない。

そうでなければ、こんな時間にこんな場所で、独りぼっちで座っている理由がない。


彼女の隣に、ゆっくりと腰を下ろす。

無言のまま、ただ並んで座った。

「……」

『……』

沈黙は、不快ではなかった。

むしろ心地よいほどだった。


数分、数十分……

いや、何時間だっただろう。

時計を見る気もしなかった。


「なんで、ここにいるの?」

やがて、美咲がぼそりと呟いた。

「この駅、通勤路でもないでしょ?」

良規は少しだけ口元を緩めた。

笑い方を思い出すように。


『君が居たから』

「は?」

『偶然見かけて。気になったから……。』

「……ストーカー?」

『違うよ。ただ……君のことが、少し気になっただけ……。』

嘘ではなかった。

だが、真実のすべてでもなかった。


彼はすでに、美咲のSNSを見つけ、名前も年齢も職場も把握していた。

投稿の中の暗さ、誰にも見せない本音、その奥底に潜む叫びを……

彼は誰よりも“理解”できた……。

だから、近づいた。


「……なんでそんなこと言うの? 気持ち悪いな」

美咲はそう呟いたが、声に怒気はなかった。

むしろ、寂しそうだった。


拒絶しているようで、どこか期待している。

壊れた人間特有の、“見捨ててほしくない” という甘えが、彼女の瞳に滲んでいた。

良規は、その目が忘れられなかった。


それから、ふたりは週に一度だけ、同じ駅で会うようになった。

きっかけは、偶然を装った。


すれ違いざまに声をかけ、名前を聞き出し、連絡先を交換し、たわいない会話を少しずつ重ねていった。


『彼氏いないの?』

「面倒だからいらない」

『寂しくない?』

「寂しくても、裏切られるよりマシでしょ」

『……俺も同じかも』

美咲は、彼の言葉に目を伏せた。


「人間って、全部信用できないよね」

その言葉に、良規の心が小さく震えた。

この人は、本当に“同じ”だ……。


1ヶ月が経った。


2人は他愛のない会話をしながらも、徐々に互いの“過去”を吐き出し始めていた。

「昔さ、親に捨てられたの。母親に。置き手紙だけで」

『……俺も同じだよ。暴力がひどくて、母親が逃げた』

言葉が重なり、心が擦れ合った。


過去の傷を打ち明け合うたびに、

ふたりの距離は静かに、だが確実に縮まっていった。

恋ではない。

友情でもない。

もっと……

深くて、脆くて、壊れやすい“依存”だった。


美咲にとって、良規は「裏切らないでくれる人」だった。

良規にとって、美咲は「自分と同じ闇を持つ存在」だった。


2人は、互いに救おうとはしなかった。

ただ、一緒に落ちることを選んだ。


それは、最初から“歪な関係”だった。


良規は、ふとした会話の中で美咲のアパートを突き止め、部屋の近くにGPSを仕掛け、SNSのログイン情報を盗み見て、メッセージを操作し、”美咲の周りの人間を遠ざける”ように仕向けていった。

誰も、彼女に近づかせないように。

そうやって、彼女の“唯一”になっていった。


けれど……

それに気づいた美咲も、黙ってはいなかった。


彼女は、良規が自分に執着していることを察しながらも、それを逆手に取って、少しずつ支配するようになっていった。

毎晩の電話、返事が遅れると怒る、他の女と話すと無言になる、LINEの返事を義務化し、スケジュールを共有させ、「私だけを見て」と、笑顔で告げた。


まるで……

最初から“主導権を奪うために”近づいたかのように。


そして……

ある夜、彼女の部屋で。

美咲が唐突に言った。

「ねえ、うちに住まない?」

良規は驚かなかった。

むしろ、待っていた言葉だった。


『……いいの?』

「うん。ずっと一緒にいてくれるなら」

その瞳は、どこまでも狂気に満ちていた。

そして彼もまた、微笑み返した。

『……ずっと、君のそばにいるよ』

その瞬間、ふたりの“世界”は閉じられた。

他人も、社会も、常識も、すべてシャットアウトして……

2人きりの檻の中へと、静かに落ちていった。

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