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コメント
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うわあ、重たい回でしたね…。風磨くんの「お母さんだけがつらかったわけじゃない」って台詞、すごく響きました。子供の頃は純粋に母の味方でいようと誓ったのに、実際に尊くんが全部を失って現れた時、憎み続けられなくなったっていう心情の変化が丁寧で。設定も國見グループとか速水さゆりの手紙の伏線とか、じわじわ効いてきそう。続きが気になります。
「……お母さんだってつらかったのは分かります。でも、お母さん一人だけがつらかった訳じゃない事は理解してください。憎い相手と思っている人にも人生があり、事情があると思わなければ、〝自分さえ良ければいい〟というモンスターになってしまいます。……俺はお母さんに、そうなってほしくありません」
「……あなたの言いたい事は分かったわ」
母は力なく返事をし、これ以上何かを言ったとしても、必要以上に母を責めてしまうと思い、今日はこれで切り上げる事にした。
「また来ます。今日が一回目になってしまった事は許してください。……俺も気持ちの整理が必要だったんです。……そのうち尊も来るかと思いますが、冷静に話をしてください」
「善処するわ」
そう言った母は疲れたように溜め息をつき、立ちあがると職員に「終わりました」と告げた。
俺もパイプ椅子から立ちあがり、面会室をあとにした。
帰路、俺は昔の事を思いだしていた。
幼稚園から小学生低学年ぐらいまで、母は友達に自慢したくなるような自慢の母だった。
実家は金沢にある老舗旅館で、旧家の國見家。
何回も金沢にある祖父母の家に連れて行ってもらい、手放しに可愛がってもらった。
旅館は品のある落ち着いた佇まいで、高級路線で売り出しているが、サービスの良さから評判がいい。
その他にも國見グループは全国各地に温泉旅館の支店を持っていて、温泉好きなら知らない人はいない企業だ。
けれどある時から、母は神経質な一面を見せるようになった。
書類を見て表情を険しくしていたのは、今思えば興信所に依頼してさゆりさんの事を調べさせての結果を見ていたのだろう。
父は俺にとって、社会的地位はあるが、父親としては可も無く不可もなくという感じの人だった。
仕事が忙しいのもあって、あまり在宅時間は長くなく、帰宅した時は美味しいお菓子などのお土産をくれた。
でも幼稚園や学校で何があったかという話は、あまり真剣に聞いてくれなかった。
大企業の社長ともなれば多忙を極め、息子が友人とどうしたという些細な話に興味を持てないのは分かる。
けれど授業参観や学習発表会に来てほしいという願いが叶ったのは、数えるほどしかなかった。
『風磨の家は大企業で凄いな。お父さん、篠宮ホールディングスの社長さんなんだって? すっげー!』
友人にはそうやって羨ましがられたが、俺にしてみれば、長期休みに家族で思い出を作っている友人のほうがずっと羨ましかった。
いつだったか、母が手紙を読んで表情を険しくさせていた事があった。
今までにない鬼気迫る表情だったので、いけない事と思いながら、母が不在の時に部屋に入ってみれば、本棚の間に〝速水さゆり〟の手紙が挟まっていた。
その時は子供だったから、難しい漢字や内容をあまりよく理解できなかったが、さゆりさんが母に対して平謝りし【亘さんには、二度と家に来ないようお伝えします】と書いてあったのが印象的だった。
多分だが、父がさゆりさんとまだ関係を持っていると知った母が、彼女に手紙を出したのだと思っている。
さゆりさんは望んでいなくても、父は彼女を訪ねた。
父が熱烈にさゆりさんを愛していたなら、尊を生んでしまった以上、対面で強く拒否するのは難しかったのかもしれない。
もしもさゆりさんが父を本気で嫌ってストーカー扱いしていたなら、警察に訴えるという手段もあっただろう。
でもそうしなかったのは、さゆりさんにもまだ少しは父を想う気持ちがあったからかもしれない。
父が浮気をしていると知って、当然俺は嫌な気持ちになった。
――お母さんと俺がいるのに、どうして。
裏切られた気持ちになり、なのに家に帰れば普段通り振る舞っている父が、とても気持ち悪く感じた。
だからその時は『ずっと母の味方でいよう』と思ったし、その当時は浮気相手が父をたぶらかしているのだと思っていた。
手紙には息子がいる事も書いてあって【一人で育てていきます】とあった。
その時の俺は、会った事もない継弟を〝母を苦しめる存在〟として憎んでいた。
でも十五歳の時、母と妹を亡くした尊が、魂が抜けたような表情で父に連れられ、うちに来た時はどうしたらいいか分からなかった。
ずっと父の浮気相手や尊を憎んできたはずなのに、彼は十歳にしてすべてを喪ったのだ。