小さなマンションへ着く頃には小雨になった。
「やっと一旦やむのかな?」
「明日も雨予報だったと思うけど」
「颯ちゃんが駅まで歩く時に、降ってないといいね」
車を駐車場に止める間に、マンション入り口に佇む人を見つけて気になる。
傘で顔と上半身の一部が隠れているけど……
「リョウ、どうした?」
車が停止しても一点を見つめる私に、颯ちゃんが怪訝そうに聞いた。
「あれ…お母さんに似てる…」
颯ちゃんも私が見つめる方を向いて、確かに…と、とても小さく呟いた。
「全身は見えないけど…似てる」
「似てるな。背格好と見慣れた立ち方という感じが…リョウ、会いたくなければ、このまま車を出す」
「…来ると思ってなかった…父の日のプレゼントにここの住所を書いたの。安心すると思って」
「そうだよな。会いたいと思って知らせたのではなく、全て隠しているのではないというはじめの一歩で、安心してもらうための報告だったんだろ?わかってる」
頷く私の頭をゆっくり撫でながら、彼の右手はいつでもエンジンをかけられるようにスタンバイしているようだ。
「会ったら…どうなるんだろう…」
視線をお母さんであろう人からフロントガラスに移し、ぽつりぽつりと雨がガラスを叩くのを見つめる。
「予想は難しいが…」
颯ちゃんはシートに背中を預け、私の右手を握る。
「わかっていることは、何が起ころうが…リョウが堕ちることはないってこと。一人で東京へ来た時のようには絶対にならない。住所を書いたという一歩進んだ後に二歩、三歩後退しても、それ以上は堕ちない。俺がいるんだから」
言葉を切った彼は、手をムニムニと握りながら
「会うにしても会わないにしても、俺がリョウと一緒にいる。会って、思いがすれ違って落ち込んでも、会わなくて、何だったんだと思い悩んでも…どちらにも付き合うから安心しろ、な?」
そう言って微笑んだ。
「颯ちゃん…ありがとう」
「普通、当然、当たり前、気にするな」
「会うよ…会うっていうか……颯ちゃんと私の部屋に帰りたい」
「ん、了解」
「今日会わなくても住所がわかっていればまた来るでしょ…いつ来る?って思ってるのイヤだ」
「そりゃそうだ。帰ろう、俺たちの部屋へ」
そう強くない雨なので1本の傘に二人で肩を寄せ合い、マンション入り口に向かう。
その気配を感じたのか、じっと佇んでいた人が傘を横へずらし私たちを見た。
「…良子」
「………」
「こんばんは、おばちゃん」
傘を閉じながら言う颯ちゃんをチラッと見たお母さんは、すぐに私を見る。
「良子、元気そうね。仕事帰り?」
「うん」
「母の日も父の日もプレゼントありがとう」
「うん」
「ここの3階に住んでるのね?」
「…うん」
「不自由はない?」
「ない」
「ご飯は食べてる?」
「うん…」
わかりきったこと……電話でも話した内容ばかりだね。
「忠志もチカちゃんとやっと暮らし始めて良かった」
「…うん」
颯ちゃんと私が部屋を決めると、お兄ちゃんとチカさんが一緒に暮らし始めた……それも知っている。
「早く結婚もすればいいのにね…良子は颯佑くんといつ結婚するの?」
えっ……?
わかりきったことが終わったと思えば……結婚?
コメント
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お母さん…心配で会いたいのはわかる、わかるけど、良子ちゃんの気持ちを理解できてないですよね…残念。 お父さんは寄り添って見守ってくれてるのに。お父さんがお母さんもわかってると言ってたけど表向きだけだったんだ。としか思えないです、お母さん。