コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
────飛空艇内部・動力室。
ヒルデガルドたちが戦っている一方で、イーリスとクレイグは問題なく動力室へやってきた。豪奢な内装とは無縁な、むき出しの鉄板の床を走り抜け、バルブで塞がった扉を開いた向こう側には、球状の何層にも張られた結界の中で動力源として魔力を放出し続ける、大きな魔水晶があった。
「動力室で問題って、何も起きてないように見えるけど」
「ですね。船長の勘違いだったんでしょうか」
動力室は静かなものだ。特に問題があったふうでもなく、徒労ではあったが安堵はできた。このまま引き返そうか、と思ったとき、クレイグは振り返った。
「……変だな。ここには警備がいなかったのか?」
万が一、テロ行為がある可能性も踏まえて事前のダンケンの説明では警備が二人は配置されるようになっていたはずだと思い出す。だが、だだっ広い動力室の内部に彼女たち以外の気配はない。不自然に思った彼は動力室に戻り、周辺をじっと観察する。「戻らないの?」と尋ねられて、首を横に振った。
「おかしいんです。ここは動力室だ。こんなときだからこそ警備が最も目を光らせていなくてはならないはず……なのに誰もいないなんて」
鋭い観察力で、クレイグは端に転がって光る何かを見つける。誰もいない理由に繋がるかもしれないと拾いに近寄ったとき、彼は驚愕させられた。
「イーリスさん。これを見て下さい」
「……? それってゴールドランクのバッジ?」
彼はゆっくり頷き、がっくり肩を落とす。
「何かあったんです、血が付いている。このバッジ、他のゴールドランクとは違って、竜の頭部を象っているのが分かりますか?」
「うん。でも、それが何を意味するのか知らないんだ」
クレイグは立ち上がり、ぎゅっとバッジを握り締めた。
「ギルドから派遣された、現場で指揮官となる人物がつけるバッジです。つまりこれは──ダンケンさんの身に着けていたバッジだ」
動力室の中で何かがあった。だから一瞬、飛空艇が傾いたのだ。しかし何が起きたのかは分からない。もう一度よく観察してみようとして、彼は驚きに「危ない!」と大声をあげ、イーリスを抱いて咄嗟に飛び退く。
突然、彼らのいた場所に水晶で出来た腕が床を殴った。
「っ……!? クレイグさん、大丈夫!?」
「ええ! ですが、状況は最悪ですね……!」
イーリスが目に映したものに苦々しい顔つきを浮かべる。クレイグの言葉通り、状況は最悪だった。二人の前に現れたのはクリスタルスライムだ。迷宮洞窟にいた個体と同程度の大きさの魔核が液体を纏って彼女たちを迎えた。
「クリスタルスライムがなぜこんな場所に……」
「分かんないけど、とりあえず逃げよう!」
イーリスが手を引こうとするが、彼は動かない。
「駄目です、イーリスさん。行ってください」
「はっ!? 何言ってるんだよ、あれは倒せないって!」
クレイグがぎゅっと拳を握り締めて、様子を窺うクリスタルスライムに振り返る。床を踏む足は力強く、固い決意を宿していた。
「奴をこのまま置いて行けば、飛空艇の動力源になっている魔水晶はいずれ浸食されます。応援を呼んできてください、それまでは持ち堪えてみせましょう」
イーリスには無茶にしか聞こえない。捕まれば即死。いや、そうでなくても、クリスタルスライムが振るう結晶の剛腕の一撃は、普通の人間が耐えられるものではない。たかだかゴールドランクの冒険者一人ではリスクが高すぎる。
「助けなんて呼んでる暇ないよ、犬死する気!?」
「はは、まさか。確かにあれは強いですが──」
クリスタルスライムが動き出す。二本の腕を組み、槌のようにクレイグ目掛けて振り下ろされた。彼はその場から一歩も動くことなく──片腕で結晶をばらばらに砕いた。いとも容易く、だ。
「パワーだけなら、俺が勝ちます」
強化魔法のみを扱える、特化した才能。魔導師としては見込みはなくとも、冒険者としての才能は一流のそれだった。
「す、すごい……。いや、それならもしかするかも……!」
とっさに杖を構えて、イーリスはできるだけ高い威力で砕けた結晶の破片に炎を放った。ヒルデガルドがしたように焼き尽くせば、と考えたのである。
しかし、結晶は熱を帯びただけで、液状に戻ると腕の形をあっという間に取り戻してしまう。「なんでっ!?」とイーリスは怒鳴って、理解不能だと頭を抱えたくなり、自分の威力が足りなかったのかと不安に駆られた。
「イーリスさん、こっちへ!」
クリスタルスライムの猛攻も、身のこなしの軽いクレイグには掠りもしない。彼はイーリスを抱きかかえながら、「事情は聞きませんが」と前置きして。
「あれの倒し方を知っているんですか?」
「うっ……。し、知ってる……ヒルデガルドが倒したんだ」
「そうですか。もし今の方法で間違っていないのでしたら」
兜の中で瞳をぎらつかせ、クリスタルスライムを睨む。
「何か明確な違いはありませんか。ヒルデガルドさんが倒したときとの状況の違いに気付ければ、我々二人だけでも倒せるはずです!」
「そ、そんなこと言われたって……あっ!」
ふと、記憶が蘇る。ヒルデガルドが倒したとき、その破壊力よりも注視すべきは、クリスタルスライムの状態だ。液体化した破片を蒸発させていた。それだけではない。必要なのはもうひとつ──。
「本体だ。あいつの液体になった身体を蒸発させるために、本体を防御に集中させる必要があるんだ! どうにかできないかな、クレイグさん!」
薙ぎ払うように振られた腕を蹴り砕き、クレイグは頷く。
「リスクはあるでしょうが、俺が本体を叩きます」