5年前 ~辰哉14歳~
いつの間にか俺の部屋に居た父親は、俺がその存在に気づくと気味悪く口角をつり上げた。
嫌がって身を捩る俺に覆い被さって父は無理矢理、愛撫を始めた。
俺は、1年くらい前に精通が始まり、その頃から父から性被害を受けていた。
決して愛を伝えるための行為ではなく、ただ性欲を発散するためだけの玩具として俺は扱われていた。
性被害という言葉を知ったのは少し後だったけど、どれだけ俺が抵抗しても、痛みで泣き叫んでも、止めてはくれなかった。
それどころか弟たちにも手を出すと言い始めるので、俺はひとりで耐えた。
気持ち悪い。痛い。苦しい。虚しい。気持ちよくなんか無い。どうして。どうして。どうして俺だけが。
そんな声にならない俺の悲鳴は、虚空に儚く消えるだけだった。でも、ほんの少しだけ期待している自分が居て、いつも煩わしさを感じていた。
その日は、俺は弟たちを置いて、ひとりで逃避行に走ろうとした。父から受ける傷は、子供の俺にはとうてい耐えられるものではなかったから。
💜「夜のベランダは寒いな。でも、もう終わらせるから…」
額の傷を隠すために伸ばした前髪が、風に靡く。
父から逃げるために俺の部屋で一緒に眠る弟たちの寝顔を眺めて、俺はベランダから身を乗り出した。
🎵「だめだよ、死んじゃだめだ」
心の奥から、力強い声が響いた。
🎵「俺は紫音。お前を守るから」
もうひとりの俺は、紫音と名乗った。
明日が来るのが怖くて、いつしか俺は心の中にもう一人の自分を作っていたんだ。
💜「もう嫌なんだよ!もう生きたくない…」
🎵「それでも、命を捨てるのだけは絶対にだめだ。辛くなったら俺がなんとかするから」
紫音は、兄のいない俺の心の支えとなった。彼は強くて優しくて、ずっと俺の味方でいてくれた。
💜「紫音、さみしいよ」
🎵「じゃあ俺が歌うたってあげる」
💜「やった!」
🎵「ありふれた今日もこの通り♪赤、青、ピンク、白、緑」
俺と同じ声なはずなのに、紫音の歌声はすごく魅力的に聴こえた。何度もその柔らかく優しい歌声に励まされた。
父に襲われている間は紫音が表に出て、代わりに俺を暴力から守ってくれた。
もう一人の自分に縋るなんて、俺は病気なのかもしれない。でも、そうしなければ俺が壊れてしまう。
俺はただ、弟たちと一緒にいることしかできなかった。
~🎵~
俺の名は紫音。辰哉を守ることが俺の使命なんだ。
家族も友達も学校の教師も、誰だって信用してはいけない。辰哉を傷つけるかもしれないから。
そう信じこんで、俺はひとりで辰哉を護って生きてきた。
だけど、そうはできなかった。
学校の奴らは辰哉の苦しみを見抜くことすら出来ない馬鹿ばっかりだったけど、弟たちは地獄の中でも希望を見いだして笑えるような、強さを持っていた。
辰哉がどうして弟たちを自分を犠牲にしてでも守りたいのか、わかった気がした。
父親は兄弟に暴力を振るう、クソ以下の存在。でもあいつから辰哉が解放されて、病気が治ったら俺は消えてしまう。
辰哉と、みんなと離れたくない。ずっと、あの優しい瞳を守っていたい。幸せそうな笑顔を傍で見たい。でも、元気になって欲しい。早く病気と呪縛から解放されて欲しい。
そんな矛盾に葛藤し、辿り着いた答えはひとつだった。兄弟たちが生きていけるのなら、俺はどうなったっていい。
俺はみんなの幸せを願い続けた。
辰哉と弟たちが心から笑える、その日が来るまで。
次回は最終話です…!!お楽しみに!