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ショッキングな出来事に出くわしてから、二週間ほどが過ぎた。
たったそれだけの間に、気持ちを平らかにすることは難しかったが、それでも柚乃といる時には、表向き平気な顔をすることができるくらいにはなっていた。
ただ、それまでのような、例えば食後や寝る前のちょっとした時間などに、一緒にだらだらと過ごしたりする時間はなくなった。避けていたのはもちろん私だ。
ちょうど学祭の準備期間中だったことも、理由付けにちょうど良かった。作業のために部屋に行くと告げれば、柚乃は笑顔であっさりと頷いた。
ある時、二階へ向かおうとする私に、柚乃は言った。
「お互い、学祭が終わったらどこかに遊びに行こうね」
私は曖昧な笑みを浮かべるにとどめた。伝えることができなかった戸崎への想いが、心に澱のように沈んでしまっているせいで、うんとは頷けない。二人のことを受け入れ、柚乃の幸せを喜ぶまでの心境には至っておらず、すべてを消化するまでには、まだ当分時間がかかりそうだった。
「詩乃、待って」
夕食を終え、母を手伝って後片付けを済ませた後、いつものように自室へ戻ろうとした私を、柚乃が追って来た。
私はちょうどドアノブに手をかけたところだったが、その手を止めて表情を作った。
柚乃は私の傍までやってきて、心配そうに言う。
「最近、元気がないような気がするんだけど、大丈夫?」
「そう?気のせいじゃない?」
私は視線を微妙に逸らしながら、口元に笑みを刻んだ。あの日から、柚乃の前で作り笑いをすることは、当たり前のことになっている。
「ほんとに?」
柚乃は私に疑いのまなざしを向ける。
「悩みとか、心配事とかあるんなら、話してほしい。それとも、私じゃ、相談相手にならないかな?」
「悩みも心配事も、何もないよ」
柚乃はふっと息を吐き出し、優しい目で私を見る。
「前にも言ったかもしれないけど、一人で抱え込んだりしちゃだめだからね。私、詩乃の話、いつでも聞くよ」
柚乃と戸崎のことで悩んでいるのだとは言えない。また、言うつもりもない。
「心配してくれてありがとう。でも本当に何もないよ。……ごめん、私、これから作業するから」
「あ、引き留めてごめん!学祭、お互いに頑張ろうね」
柚乃は明るく言って、自分の部屋に入ろうとしたが、ドアの前で足を止めた。
「ねぇ、詩乃。うちの学祭、来るよね?今年は大学設立百周年に重なるっていうんで、いつもより派手な学祭になるみたいなの。来年度は就活だとか卒論なんかで忙しくて、サークルも実質は引退みたいな感じになるから、私が企画に関わる出店は今年が最後なのよね。だから、ぜひ来てほしいな」
行く行かないとは答えず、ただ微笑みを浮かべたきり、私はするりと自室に入った。後ろ手でドアを閉め、ため息を吐き出す。
柚乃に対してわだかまりを持っている自分が嫌だった。以前のように素直な気持ちで柚乃と話し、一緒にいたいのに、それができない。
私はひとり言をもらす。
「いっそ柚乃に話してしまおうか」
私は戸崎を好きなのだと、この気持ちを話してしまえば楽になれるだろうか。しかし、今さらどのタイミングで切り出せるというのか。こんなことなら、柚乃の戸崎への悪印象が変わるまで、この恋を秘密にしておこうなどと、考えるのではなかった。その時の私は、二人が想い合うかもしれないという可能性を想像することができなかった。
「ところで学祭、どうしよう」
柚乃は私に来てほしいと思っているようだった。
今年は行くつもりでいたが、姉と戸崎の関係を知ってしまった後では躊躇ってしまう。迷っていたから、友達を誘ってもいなかった。柚乃には悪いが、適当な理由をつけて行くのはやめることにしようと決め、断る理由を考え始める。やっぱり学祭の準備と重なった、という理由が一番もっともらしいだろう。
行けないことを伝えるのはぎりぎりになってからにしようと考えた時、碧斗からメールが届いた。内容は、神澤大の学祭には行くのかと訊ねる内容だった。
行かないつもりでいると返信しようとして、指が止まった。
そのことが、碧斗から先に伝わってしまうのはよろしくない。
だから私は、検討中と返信した。
碧斗が家にやってきたのは、その数日後、学祭まであと二日という夕方だった。
その時間、両親も柚乃もまだ帰宅しておらず、私はキッチンで今夜の夕食の下準備をしていた。
インターホンが鳴ったことに気づき、モニターを確認する。そこに映っているのは碧斗だった。彼が不意にやって来るのは珍しいことではない。今日はいったいどんな用事かと思いながら、私は玄関に出て行った。
「いらっしゃい」
「よう。今、一人なのか?」
「うん。皆まだ帰ってなくて」
「そっか。あのさ」
碧斗は私の前にずいっと白いビニール袋を差し出した。
「これ、うちの母さんから。届けに来た」
受け取ったビニール袋には、たくさんのなすとトマト、ピーマンが入っていた。
「わぁ、こんなに?ありがとう」
「職場の人からもらったんだってさ。うちだけじゃ喰い切れないからおすそわけ」
これを使って夏野菜カレーもいいな、などと考え始め、そのため碧斗の質問を聞き逃す。
「ごめん、何て言ったの?」
「だから、学祭は行くんだよな、って聞いたんだよ。この前のメールには、検討中だって書かれてあったけど、結局どうしたのかなと思ってさ。友達と行くのか?」
「あ、えぇ、と……。誰とも行かない。というか、今回はちょっと……」
歯切れの悪い私に碧斗は不思議そうな顔をする。
「行かないの?柚乃、来てほしがってたぜ」
「あぁ、そう、だよね。でも、こっちの準備とかもあるし……」
碧斗は私の顔をじっと見ていた。
付き合いの長い幼なじみだ。今ここで視線を逸らしたら、あっという間に嘘を見抜かれそうだと思い、私はあえて彼の目を見返す。
碧斗はにっと笑う。
「俺と行こうぜ」
「え?碧斗と?」
「どうしてあんたと行かなきゃいけないんだ、みたいな顔するなよ」
「そ、そんな顔してないわよ」
碧斗はくすりと笑って、続ける。
「実はさ、柚乃に頼まれたんだよ」
「何を?」
「最近の詩乃、元気がないようだから、何か気分が変わりそうなことにでも連れて行ってやってくれ、って。そう言われてもなかなか思いつかなくて、直近だと俺たちの大学の学祭があるから、どうかな、って思ったんだ。だから、行かないか?いや、行くぞ。俺が案内してやる」
「いや、でも……」
戸惑っている私に、碧斗は断言するように告げる。
「土曜日の十時、迎えに来る。出かける準備、しておけよ」
「え?」
碧斗は私に反論の隙を与えずに、さっさと玄関を出て行ってしまった。
「ちょっと待ってよ」
彼を引き留めようとする自分の声が、玄関先で虚しく響いた。
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