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ホームルームが終わると、にわかに教室は騒がしくなった。


家に帰りたくない。

クラスメイトと遊ぶのもゴメンだ。

いつも顔色を窺っている彼らは、凌空の苛立ちを敏感に感じ取り、しばらく遠巻きに見ていたが、やがて教室を出ていった。


「……市川君」

見上げるとそこには、篠原が立っていた。

「大丈夫?」

「……何が」

凌空は篠原を睨み上げた。

「今日はずっと顔色が悪ーー」

「お前に」

凌空は篠原の言葉を遮った。

「なんか関係ある?」

「っ」

篠原は鼻から息を吸った。

「……はは。なるほど。そーゆーことね」

凌空は立ち上がると、笑いながら机に座った。

「お前、俺のことを恨んで佐倉さんに頼んだはいいものの、実際会ってみたら佐倉さんが俺を変に気にいっちゃって仲良くなったもんだから、内心焦ってるんだろ」


そうだ。

なぜ気づかなかったんだろう。

だからこいつは佐倉がバイだなんて嘘の忠告をしてきたのだ。


あいつはバイじゃない。

なぜなら凌空が勃起しているのを見ても何の興味も示さなかった。

ただ、眼球が好きなだけ―――。


「違うよ。俺は……」

「安心しろよ。別に今さらお前をどうこうってのはないから」

凌空は勢いよく立ち上がるとスマートフォンを取り出して、篠原に見せつけるように佐倉の電話番号を押した。

「………」

いつもなら3コール以内に出るのに、今日は出ない。

どうしたんだろう。

昨日、電話で話した時には別におかしいところはなかったのに。


(でも、まあ……)

「いいか、別に

凌空は独り言のように言うと、スマートフォンをポケットにつっこみ歩き出した。

別に事前に断らなくてもいいはずだ。


どうせ佐倉は家にいる。

どうせカギは開いている。


あのだだっ広い空間の中に、

知り合いか他人かわからない人々が入り乱れるあの中に、

別に凌空がいてもいいはずだ。


何も考えずにあの部屋にいて、

顔も名前も覚えるつもりのない男女と、

つまらない冗談を言いながら笑って過ごせるなら、


別に眼球を舐められても構わない。



「あ……市川君!」


篠原が背後で何か言っていたが、凌空は振り返らなかった。


◆◆◆◆


佐倉のマンションは、いつもにまして味気なく見えた。


それは、凌空のマンションにはエントランスにもエレベーター脇にもなんだかよくわからない観葉植物が随所に置いてあって、視界の中にいつも緑があるのに対し、佐倉のマンションにはそれがないからかもしれない。


植物は運気を向上させ、光合成により空気を綺麗にする効果もあるのだと、いつか晴子が言っていた。

あの家にある観葉植物たちが、もし晴子の言ったとおりの効果があったとしたら、「あれで?」って思う。

あの状態で、市川家の運気が向上されていて、空気が綺麗にされていたとしたら。

もし観葉植物がなければあの家の終焉はもっと早くに訪れていたことに違いない。


バルコニーや花瓶に収まる季節の花々。

まるで汚いものを隠すように咲き誇る彼らを思い、凌空は口の端で笑った。


エレベーターが止まり、扉が開いた。

凌空はゆっくりと佐倉の部屋に向けて歩き出した。


それはいつもの廊下で。

それはいつものドアで。

いつものようにカギが開いていたから気づかなかった。


「…………」


佐倉光は、いつものベッドの上で、


女とセックスをしていた。



「…………」


あまりに予想外の光景に、凌空は言葉が出なかった。

リビングの真ん中にあるキングサイズのベッド。

そのさらに真ん中で、女が佐倉の上で腰を振り、足を投げ出して座っている佐倉が、一心不乱に女の胸を舐めていた。


女……で合ってると思う。

長い髪は腰まであるし、揺れる尻は丸くて柔らかそうだし、ウエストはキュッとしまっているし、何より白い乳房が揺れていて、桜色の乳首がピンと勃っている。


「あッ、はああッ!あアン、ああッ!」


ベッドが軋み、広い部屋にAVで見るような“正しい”喘ぎ声が反響する。


(……篠原の野郎。やっぱり嘘じゃん。バイじゃないじゃん。だって女とセックスしてるよ?……あ、いいのか。バイって女もイケることだっけ?)


思考がこんがらがる。

凌空はどうしていいのかわからず、男女の交わりをただ馬鹿みたいに突っ立って眺めていた。


「…………」

一生懸命胸を舐めていた佐倉が視線だけでこちらを見る。


怒られるだろうか。断りもなく来て。

帰されるだろうか。邪魔だからと。


しかし、


「――――」


佐倉はゆっくり人差し指を立てると、自分の脇を指さした。


(……は?そこにいろって?)


凌空は鼻で笑った。


(嫌だよ。そこでセックスを観てろって?)


目で訴えたが、佐倉は有無を言わさぬ強い視線で頷いた。


「……はあ」


凌空は大きくため息をついて、学生鞄を肩からフローリングへ滑り落とした。


「きゃっ!!」

その音でやっと凌空の存在に気が付いたらしい女がこちらを振り返る。

そこで初めて、彼女が左目に眼帯をしていることに気がついた。


会ったことは、ないと思う。


腰までの長い髪の毛はサラサラと滑らかで、いつも佐倉の周りで馬鹿笑いしているピンク色やムラサキ色に髪の毛を染めている馬鹿そうな女たちとはどこか異質だった。


「いいから」


佐倉は低くそう言うと、女の尻をぐっと左右に開いて、下から腰を打ち付けた。


「ああッ!!」


女が深い挿入に一瞬逃げ腰になるのを許さず佐倉は強く腰を引き付けると、また飽きもせずに乳房を吸った。


「――――」


凌空は頭を掻きながら、仕方がなくベッドによじ登り、2人にぶつからない程度のところに胡坐をかいて座った。


暇だからスマートフォンを取り出し、ゲームを始める。

1mも離れていない隣では男女のセックスが繰り広げられていて、女の声も吐息も、愛液の匂いさえも伝わってきた。


興奮したりはしなかった。


セックスは怖いもの。

セックスは気持ち悪いもの。


10歳のあの日から、凌空にはその感情しかなかった。



しかし、


「ああッ。もうそこ、やめてぇ……!」


女の弱々しい懇願には少しだけ興味がわいた。


ーーソコってドコ?


ちらりと視線を送った凌空は、目を見開いた。



佐倉が一生懸命舐めていた片方の乳房には、玄関側から見えていた桜色の乳首はなかった。


膨らみさえないその胸に刻まれた真一文字の痛々しい傷跡。


揺れる桜色の乳首には見向きもせず、佐倉はその傷跡を一生懸命舐めていた。



その傷跡は、もともとそんな色なのか、それとも佐倉が執拗に舐めたからなのか、真っ赤に染まり、腫れあがっているようにも見えた。

見てはいけないと思うのだが、その傷跡が妙に美しくて、縫い目に沿うように這う真っ赤な舌が妖艶で、凌空は交わり淫猥な音を漏らす下半身ではなく、その欠けた乳房への愛撫に見とれていた。


だから佐倉が身体を反り、激しく腰を突き出した時も、それが射精であり、セックスの終わりを示すということに気づかなかった。


「……ナニ、ガン見してんだよ?」


佐倉にそう言われて初めて我に返った。


「…………」


「あれ?今日オレ、来いって言ったっけ?」


佐倉はまだ完全には勃起の収まっていない濡れそぼったそれを女から抜き取った。


「あっ」


その勢いで後ろに転がった女が不満そうに佐倉を睨む。


「まあいいや。お前が来たなら他の奴らも呼ぼう。もう終わったし」


佐倉は終始女の顔を見ないで立ち上がりベッドから降りると、裸のままバスルームに消えていった。


「……何よ。あいつ」

女はふんと鼻を鳴らすと、同意を求めるかのように凌空を振り返った。

「………」

女を改めて見下ろす。

佐倉と同様に、汗で、唾液で、精液で濡れた裸の身体を隠そうともせず、女はこちらを見つめていた。

「――あんたって、佐倉さんの彼女?」

違うだろうと思っていたがあえて聞いてみる。

「はあ?やめてよ。あんなド変態」

今度はペッと唾を飛ばしてからベッド脇に足を下ろした。


「ド変態……ね」

凌空は夕日に照らされた女の裸体を見ながら言った。

「たしかに、ソレを舐めてる佐倉さんは異様だったけど」

「異様なんてもんじゃないわ。異常よ」

女は唇を前に尖らせながらいった。


随分年上だと思っていたが、その幼い表情をみると、実は佐倉や凌空と同じくらいの年かもしれなかった。

「どうしたの。その胸」

なんとなくだが、もう会うことはないような予感がした。

だから凌空は遠慮なく聞いた。

「若年性乳癌。ステージ3b。去年、全摘したの」

女は淡々と言った。

「……傷跡、痛くないの?」

「痛いとは違うけど、触られると嫌な感じがする」

女は軽く俯いた。

「まるで、弱点を無理やりこじ開けられてるみたいで」

なんとなくわかるような気がする。

凌空は伏せた片目を見つめながらさらに聞いた。

「もしかして、その目も佐倉さんが?」

眼帯を指さす。

「目?」

女は首を傾げた。

「あんたも眼球も舐められすぎて、結膜炎にでもなったんじゃないの?」

「……あんた、あいつに眼球舐められてるの?」

女は眉間に深い皺を寄せた。

「……何か勘違いしてない?」


今度は凌空が首を傾げる番だった。


女は眼帯をとってみせた。


「これは一昨日、庭でアシナガバチに刺されたの」


見ると女が言う通り瞼が腫れあがっていた。


「彼は、scar fetishなの」


「え?」


「つまり、傷跡フェチってことよ」


女は腕を組んだ。


片方の胸がつぶれたひどくアンバランスな体勢で、彼女は鼻で笑った。



「あなた、目にケガでもしたの?」



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