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#リチプア
あてぃ
65
事後界隈のおふたり。
エピローグ
翌朝。
ブラインドの隙間から、薄っすらと差し込む朝差し。
静まり返った社長室の隣、役員用エリアの広いソファの上で、朝比奈は静かに目を覚ました。
腕の中には、規則正しい寝息を立てながらぐっすりと眠っている日向の姿。
いつもは自信と野心に満ちあふれているその顔が、今は幼い子どものように無防備で、少し疲れたように穏やかな表情を浮かべている。
(……本当に、帰さなかったな)
朝比奈は愛おしそうに目を細めると、日向の額にかかった乱れた前髪を優しく手ぐしで払い、そっと額に小さなキスを落とした。
ゆっくりと体を起こし、周りに散らばっていた自分のシャツとジャケットを拾い上げて袖を通す。手早く身だしなみを整えると、ソファで眠る日向の上に自分の上着をそっとかけてやった。
デスクへ向かい、手際よく二人分のコーヒーを淹れる朝比奈。
オフィスの巨大な窓からは、いつもと変わらない東京の街並みが広がり始めていた。
「ん……っ」
ソファの方から小さな身震いと、かすかな声が聞こえる。
日向が眉をひそめながら、ゆっくりと目を開けようとしていた。
朝比奈は淹れたてのコーヒーカップを二つ手にして、いつもの穏やかで完璧な「副社長」の微笑みをたたえながら、彼のもとへと歩み寄る。
『おはよう、日向。……よく眠れたか?』
少し意地悪く、でもどこまでも優しい眼差しで、目覚めたばかりの彼の顔を覗き込んだ。
日向 side
「あれ、僕…会社で寝て……」
滅多にそんなことないのにな、なんて首を傾げる暇もなく、ズキンと頭が痛む。
「いてて…っ」
眉間に皺を寄せながら起きあがろうとすると、もっと痛んだのは腰だった。
二日酔いに悩まされる以上、昨日の記憶など酔いで飛んで残っているはずがない。はだけたシャツとズボンをなんとか直し、見えないところにつけられた痕になど理解が追いつかずに辺りを見回す。
朝比奈に不意に顔を覗き込まれて、驚くと同時にコーヒーを受け取った。
片手で乱れた髪をかき上げて、「昨日、飲み会でもあったか?ここで、」と聞く。
朝比奈 side
『飲み会、か。……まあ、お前にとってはそういうことにしておいた方がいいのかもしれないな』
俺は一口コーヒーを口に含み、フッと口元にいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
頭と腰を押さえて顔をしかめる徹の姿。
はだけたシャツを慌てて直し、自分の体に何が起きたのか理解できずに混乱しているその様子は、昨夜の情熱的な反応からは想像もつかないほど「いつもの日向徹」に戻っていた。
記憶が飛んでいる――。
ロジックと数字で時価総額3,000億という大企業の社長にまで上り詰めた天才が、酒のせいですべてを忘れているという事実に、一瞬だけ胸の奥がチリと痛む。だが、それ以上に……
(……ふっ。無自覚なままでいてくれるなら、それもいい)
俺はソファの横に腰掛け、空いている方の手で、彼の乱れた髪をそっと撫で下ろした。
指先が彼の耳元に触れると、昨夜そこを赤く染めて身悶えしていた彼の表情が脳裏に蘇る。首筋のシャツの隙間から見え隠れする、俺が刻んだ赤紫の痕。
『お前がパーソナルファイルの構想を閃いて、あまりにも嬉しそうだったからな。二人でここで乾杯したんだよ。……すっかり酔っ払って、途中で倒れるように寝てしまったんだ』
嘘を吐く声は、自分でも感心するほど滑らかで完璧だった。
『腰が痛むのは、変な体勢でソファにひっくり返っていたからさ。……ほら、コーヒー。二日酔いに効くように少し濃いめに淹れておいた』
日向の手から落ちないようにゆっくりとカップを持たせ、俺は彼の顔をじっと見つめる。
『……まぁ、お前が覚えていないなら、俺だけの秘密にしておくよ。昨夜のお前が、どれだけ俺に甘えてきたかもな』
わざとらしく耳元で低く囁いてから、俺はスッと身体を起こした。
『さあ、徹。今日は総務省の岩渕局長との打ち合わせの準備がある。さっさとシャワーを浴びて、着替えてこい。最高のプロダクトを世界に見せつけてやるんだろ?』
いつもの頼れるビジネスパートナー、完璧な副社長の顔に戻り、俺は彼に優しく手を差し伸べた。
オフィスの中には、新しい朝の光が差し込んでいる。
この光の届く場所では、俺たちは「社長と副社長」だ。
だが、昨夜お前が俺に見せたあの表情も、その体に残る熱も、すべて俺だけのものだという事実は変わりようがない。
俺は差し出した手の中で、彼がどう反応するかを、愛おしさを込めた瞳で見つめ続けた。
日向 side
「甘え?僕が??お前に???」
そんなわけ、と付け足して鼻で笑う。
しかし、耳に触れられた瞬間、自分でも驚くほど敏感に身体が反応する。まさかそれが昨日の朝比奈との情事によるものだとは予想だにせず、疑問に思う様子でコーヒーカップを両手で握りしめた。
総務省、というワードが朝比奈の口から出てきて、僕はやっと我に返る。
「総務省…そうだよ!今日は総務省の、…誰だっけ、なんとか局長と打ち合わせだ!!パーソナルファイル事業の第一歩の日なんだ!」
(いつになっても、他人の顔と名前を一致させるのは無理だな…。)
そう自覚しつつも僕は目を輝かせながらそう言い、ソファから立ち上がる。腰の痛みに一瞬眉が動くが、そんなもの気力でどうとでもなる。そのまま、上機嫌そうに社長室へと向かう僕。
朝比奈 side
『岩渕局長だ、徹。……本当にお前は、興味のない人間の名前は絶対に覚えないな』
「仕方ないだろ、病気なんだから」と徹から呆れ気味に返される。社長室へと嬉々として向かっていく彼の後ろ姿を見送りながら、俺は思わずクスリと笑みをこぼした。
腰の痛みに一瞬だけ顔をしかめながらも、プロジェクトのこととなると痛みすら忘れて目を輝かせる。どこまでもまっすぐで、自分の才能と夢だけに突き進んでいく男。
(……本当に、手に負えないな、お前は)
記憶が飛んでいようと、その身体には確実に俺の手の痕跡が残っている。首筋に刻まれた赤紫の痕も、俺の指に敏感に反応したその身体も。
表向きはいつもの「日向徹」と「朝比奈恒介」に戻ったとしても、俺たちの関係はもう、昨日までと全く同じではない。
「朝比奈さん、おはようございます! 総務省提出用の資料、最終チェック終わりました!」
オフィスに入ってきた社員たちが、慌ただしく動き始める。安岡が元気よく声をかけてきて、俺はいつもの完璧で穏やかな副社長の顔で振り返った。
『おはよう、安岡。ご苦労様。すぐに徹のデスクへ回してくれ。彼ももう、準備万端だ』
「はいっ!」
活気を取り戻していくオフィスの中心で、俺はガラス張りの社長室に視線を送る。
そこには、早くもPCに向かってキーボードを激しく叩き叩いている徹の姿があった。
お前が作る未来は、俺が守る。
お前が世界を変えるなら、俺がその足場を完璧に固めてやる。
そして――いつかお前が立ち止まり、後ろを振り返ったとき、そこにいるのは他の誰でもない、俺だけだ。
俺は手に持っていたコーヒーを飲み干すと、ビシッとジャケットの襟を整え、彼が待つ社長室へと足を進めた。
end
コメント
1件
お、おはようございます……!いやもう、冒頭から「朝比奈さんが帰さなかった」って一文で心臓跳ねたわ。日向が記憶飛んでて、朝比奈が「俺だけの秘密」って微笑むの、ヤバすぎるでしょ……。ビジネスパートナーとしての信頼と、裏側の独占欲の温度差がエグい。最終回っぽい終わり方だけど、この二人の関係がこの先どう動くのか、めっちゃ気になる……!