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ランバット伯爵家の屋敷まで着いた私達は、周囲を見渡していた。
屋敷の前には、衛兵らしき人達がいる。とりあえずその人達に事情を話して通してもらわなければならないのだが、果たして私の言葉を信じてもらえるのだろうか。それは少々不安である。
「事情が少々特別ですからね……」
「まあ、迷っていても仕方ないですよね……屋敷の周りをうろうろするのは怪しいですし、とにかく行ってみるしかありませんか」
ギルバートさんからの言葉に、私は自分に言い聞かせるようにそう返した。
母との仲が悪かった実家。そこに私は意を決して踏み込んでいく。
「すみません、少しいいですか?」
「おっと、貴様何者だ?」
「私は、アルシエラ・エルシエットと申します。アルシャナの娘と言った方がわかりやすいでしょうか?」
「アルシャナ? お前、知っているか?」
「いや……」
私の名乗りに、衛兵らしき二人は疑問符を浮かべていた。
どうやら、この二人は私の母のことを知らないようである。考えてみれば、それは当然かもしれない。母がこの家にいたのは、もう二十年近く前であるはずだ。もしかしたら知っている人の方が少ないかもしれない。
「お二人とも、アルシャナ様をご存知ないのですか?」
「え? ああ、我々は聞いたことがない名前だが……」
「おやおや、困ったものすね。雇い主の家族関係くらいは、把握しておいた方が良いのではありませんか?」
「何?」
私がどうしようかと考えていると、ギルバートさんが衛兵達に話しかけていた。
彼は、薄ら笑いを浮かべながら身振り手振りを交えながら話している。それはなんというか、すごくわざとらしい様だ。
「アルシャナ様は、このランバット伯爵家の一員だった方です。嫁入りしましたが、それでも親族であることは変わらないでしょう?」
「な、それは本当なのか?」
「本当ですと言っても、あなた方は信じてくれなさそうですね。しかしながら、これを戯言だと断じるべきではないはずです。どちらでもいいから、事情を伯爵に伝えて来てください」
「そ、それはもちろん心得ているとも」
ギルバートさんの言葉に、衛兵の一人が屋敷の方に走っていった。
するとギルバートさんは、私に向けてウィンクしてきた。そんな彼に、私は感謝する。
「こういう時は、堂々としていなければいけませんよ? 動揺したら怪しまれてしまいますから」
「そうですよね……すみません。助けていただいて……」
「いえ、僕はそのために同行している訳ですからね」
ギルバートさんは、私に対して笑顔を浮かべてくれた。
彼が同行してくれていてよかった。私一人なら、きっと緊張は動揺でもっと厄介なことになっていただろう。
こうして私は、ギルバートさんの助けを借りながらランバット伯爵家へと足を踏み入れることになったのだった。
◇◇◇
「えっと……あなたが、アルシエラさんですか?」
「あ、はい。私がアルシエラです。アルシエラ・エルシエット、アルシャナの娘です」
目の前の男性は、私の顔をじっと見てきた。
見るからに穏やかそうな見た目をしたその男性は、このランバット伯爵家の元当主である。
もっとも、彼は母にとっては義理の兄にあたる人物だ。要するに、彼はランバット伯爵家にとってはお婿さんにあたる。つまり、母との血の繋がりはない。
「なるほど、確かにアルシャナの面影があるような気がします。もっとも、私は彼女とそこまで深く関わっていた訳ではありませんから、断定することはできませんが……」
「そうですか……」
「しかしながら、あなた方が嘘をついているとは思っていませんよ。そちらにおられるギルバートさんのことは私も知っています。ラナキンス商会の重役が、まさか詐欺の片棒を担いでいるなんてことはないでしょうからね」
ランバット伯爵は、私よりもむしろギルバートさんに注目しているようだった。
領地の有力者が同行していることによって、私の話の信憑性は高まったようである。
少々複雑な気持ちではあるが、信じてもらえているなら問題はない。私はとにかく、母のことが聞ければそれでいいのだから。
「それで、母とランバット伯爵家に関することなんですけれど……」
「その話ですか……しかしそれは、私よりも妻に聞いた方がいいでしょう。色々とあったとは聞いていますが、所詮私は部外者に近しい存在です。問題の根底にあるのは、どうやら妻とアルシャナの間にあるようですから」
私の質問に対して、ランバット伯爵は少し困ったような様子でそう答えてくれた。
詳しいことを、彼は本当に知らないのだろう。その困惑からは、それが読み取れる。
「えっと、それなら夫人はどちらにいらっしゃるのですか?」
「妻は今、ボランティア活動に参加しています。帰って来るのは恐らく夕刻になるでしょう。申し訳ありませんが、その活動の場所に行くか、後日改めて訪ねていただくか、ということになるでしょうな……」
「ボランティア……」
「活動……」
「おや……」
ランバット伯爵の説明に、私とギルバートさんは顔を見合わせた。
私達にとって、夫人がやっていることは非常に既視感があったからだ。
もちろん、貴族たるものそういう活動に参加するのはむしろ当たり前といえるのかもしれない。しかし理想がそこまで実現できていない中で、その二人の一致はなんというか繋がりを感じさせるものだった。
◇◇◇
私とギルバートさんは、ランバット伯爵夫人がボランティア活動をしているという広場まで来ていた。
そこには、多くの人達が集まっている。しかしながら、夫人はすぐに見つかった。貴族であるため、一際見つけやすかったのだ。
私はギルバートさんとともに、その人物の方に歩いて行く。すると彼女は、こちらを見てゆっくりと固まった。
「なっ……」
「アナテア様、どうかされましたか?」
「具合でも悪いのですか?」
「あ、いえ……お気になさらないでください。少し知り合いを見つけたというだけですから」
ランバット伯爵夫人は、周囲の人々から心配されていた。
その様子からは、彼女を慕っていることが伝わってくる。
そんな人達を気遣った後、夫人はこちらに歩いてきた。どうやら、私が誰であるかは既にわかっているらしい。
「……あなたは、アルシエラ・エルシエットさんですね?」
「……ええ、私はアルシエラです」
「どうしてあなたがこんな所にいるのか。それを問いてもいいでしょうか?」
「あなたに話を聞きに来たんです。母とランバット伯爵家の間に何があったのか、私は知りたいと思っています」
「なるほど……」
短い会話の中で、私は奇妙な感覚に陥っていた。
目の前にいる人物とは、今日初めて会うはずだ。それなのにどうしてだろうか。彼女との深い繋がりが感じられる。
それが血の繋がりなのか、はたまた因縁なのか、それは彼女から話を聞いてみなければ、わからないことであるかもしれない。
「わかりました。話しましょう。私とアルシャナの間に何があったのかを。しかしながら、個々は人目もありますから、場所を移動しましょうか?」
「お忙しいようなら、後日でも構いませんよ?」
「いいえ、こちらでの活動は丁度一段落ついた所ですから。少々お待ちを……」
私にそう言った後、ランバット伯爵夫人は先程心配していた人達に何かを伝えていた。
恐らく、この場を開けるという旨を伝えているのだろう。それを見ながら、私はそっとため息をつく。
「……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。少し緊張しましたけれど……」
「伯爵夫人は、なんというか迫力がありますからね。それも仕方ないことでしょう」
ギルバートさんは、私のことを気遣ってくれていた。
その軽薄とさえ思える声に、私は少し笑ってしまった。恐らく彼は、私の緊張を和らげるために敢えてそうしてくれたのだろう。その心遣いが、とてもありがたい。
「……お待たせしました。それでは行きましょうか?」
「はい……」
戻ってきた夫人の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
こうして私は、母の姉から話を聞くことになったのだった。