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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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ランバット伯爵夫人は、私達を喫茶店に連れて来ていた。

話をする場所としては、確かにここはいい場所かもしれない。周りに人はおらず、いるのは店長らしき初老の男性だけだ。

しかし、店の状況としてはあまり良くない気もする。こんなにお客さんがいなくて、ここは本当に大丈夫なのだろうか。

ともあれ、これで話をする状況は整ったといえる。故に早速、話を始めるとしよう。


「……そちらは確か、ラナキンス商会のギルバートさんでしたか? どうして彼がここに? あなたの知り合いということなのでしょうけれど、一体どういう繋がりで?」

「その辺りの事情は少々複雑なものになりますね。まず前提としてお伝えしておきますが、私はエルシエット伯爵家を追放されました」

「……なんですって?」


私の説明に、ランバット伯爵夫人はひどく驚いたような顔をしていた。

もしかしたら、既に知られているかもしれないと思っていたが、私の追放という情報は案外伝わっていないらしい。

その辺りは、お父様が体裁を気にして明かしていないのだろうか。何れはばれることであるはずだが。それでも隠せるだけは隠し通しておくつもりなのかもしれない。


「縁あって今は、ラナキンス商会にお世話になっています。その繋がりで、こうしてギルバートさんに付き添ってもらっているのです」

「……それは驚くべき事実ですね。まさか、そのようなことになっているとは思ってもいませんでした」

「母が亡くなってから、エルシエット伯爵家に私の居場所はありませんでしたからね。まあ、色々とあってそうなってしまったのです」

「……」


ランバット伯爵夫人は、そこで少しだけ眉をひそめた。

よく考えてみれば、彼女は私や母があの家でどのように扱われていたかを知らないのかもしれない。まずは、その辺りのことを聞いてみた方がいいだろうか。


「私も母も、父……つまり現在のエルシエット伯爵からは冷遇されていました。ランバット伯爵夫人は、そのことはご存知でしたか?」

「……いいえ、まったく知りませんでした。エルシエット伯爵家のことは、何も伝わってきませんでしたから」

「そうでしたか……まあ、そうですよね。お互いに連絡を取っていなかった訳ですからね?」

「……?」


ランバット伯爵夫人は、怪訝そうな顔をしていた。

その表情に、私は違和感を覚える。私は今事実を述べただけであるはずなのだが、彼女の反応は少し変だ。

なんというか、私達の間には何か認識の齟齬があるのかもしれない。夫人の反応に、私はそんなことを思った。


「ランバット伯爵夫人、私の説明に何かご不満な所でもありましたか?」

「……ええ、どうやらあなたはアルシャナから何も聞かされていないようですね?」


私の質問に、夫人はゆっくりと頷いた。

その反応に、私は首を傾げることになる。夫人が言っていることが、よくわからなかったからだ。


「私は、アルシャナに連絡を入れています。手紙も出しましたし、彼女と和解するつもりもありました。しかし返信は来ませんでした。アルシャナは私の手紙を無視したのです」

「……なんですって?」


伯爵夫人は、少し怒った様子だった。

だがその話の内容は、信じがたいものである。母が手紙を無視したなんて、そんなはずはない。


「私とアルシャナは、仲が良い姉妹という訳ではありませんでした。お互いにいがみ合っていたということは自覚しています。それは自体は、どちらが悪いという訳でもないでしょう。しかしながら、私は大人になって矛を収めようとしました。それを蹴ったのは、アルシャナの方です」

「……いいえ、そのような訳はありません。母は、あなたからの和解を蹴るような人ではありません。あり得ないのです」

「しかし、実際に私の手紙に返信はありませんでした。言っておきますが、一通や二通という訳ではありませんよ。私は何度も手紙を出したのです」


ランバット伯爵夫人は、少し声を荒げていた。

それは、母に裏切られたことに怒っているといった様子だ。

だが、私は知っていた。もしも夫人からそういう手紙が届いていたとしたら、母は和解に応じたはずなのだ。なぜなら、彼女も心のどこかではそれを望んでいたはずだから。


「……母は以前私に話してくれました。エルシエット伯爵家に来てすぐの頃、何度かあなたに手紙を出したと」

「……なんですって?」

「しかし、その手紙に返信はなかったのだと言っていました。その時点で和解はないものなのだと母は理解したのでしょう。しかし、夫人の証言も合わせるとそれはおかしな話です」

「そ、それは……」


私の説明で、夫人の怒りは一気に冷めていた。

母も夫人もお互いを望んでいたというのに、それが果たされていない。なんというか、変な状況である。

そこで私は、一つの仮説を立てることになった。それは非常に残虐ではあるが、しかしながらあり得ると思えてしまうことだ。


私の体は、ゆっくりと冷えていく。そして思い出す。あの悪魔ともいえる男の顔を。

あの人は、母のことを忌み嫌っていた。そんな彼ならきっと、どんな所業だって躊躇わないだろう。母を苦しめられるならと、嬉々として実行したはずだ。


「……これは一つの仮説ではありますが、もしかしたら私のお父様の仕業かもしれません」

「ど、どういうことですか?」

「彼ならば、お母様に届いた手紙を握りつぶすことができます。逆にお母様が出した手紙も、です。二人の状況とお父様の性格を考えると、それはそこまであり得ない話ではないと思います」

「なっ……」


私の推測に、ランバット伯爵夫人は目を丸めていた。

それは当然であるだろう。そんなことを言われて、驚かない方が無理というものである。

そもそも、彼女はお父様のことを知らない。故にもしかしたら、この考えは突拍子のないものとして切り捨てられてしまうかもしれない。


「……そのようなことが、あり得るのですか?」

「私のお父様は、そういう人です。まあ、彼のことを知らないと信じられないでしょうか……」

「……いえ、そもそもの話、実の娘であるあなたを追放するという所業からして、エルシエット伯爵がまともな人物ではないことはわかっています。そんな人なら、そのくらいのことをしてもおかしくないと思えます」


少し考えた後、夫人は落ち着いた態度でそのように述べてきた。

しかし、彼女の体は震えている。エルシエット伯爵の所業は受け入れられたが、その結果として起こった不和を、まだ受け入れられていないのかもしれない。


「……かつて私とアルシャナの仲は、それ程悪いものではありませんでした」


そこで夫人は、ゆっくりと呟いた。

その表情は、とても穏やかだ。昔の思い出が、彼女にとって良いものだったということが、その表情からわかる。


「しかしながら、私は成長していく内にとある事情を知りました。公にはされていませんが、私達は本当の姉妹ではなかったのです」

「……どういうことですか?」

「アルシャナは妾の子でした。彼女は私にとって、腹違いの妹だったのです」

「そんな……」


夫人から告げられた情報は、初めて知るものだった。

妾の子、その事実は驚くべきものである。

ただ、納得することもできた。母が実家と折り合いが悪い理由は、きっとそれなのだろう。


「今になって思えば、愚かなことでした。しかし当時の私は、それを知って彼女とそれまでと同じように接することができなくなってしまった……そしていつの間にか、私達の間には明確な不和が生まれていたのです」

「……」

「謝りたいと思っていました。そうすれば、昔の姉妹に戻れるとそう思っていたから。そうではなかったと今まで考えていました。でも、私の言葉は届いてすらいなかったのですね……」


夫人は、喫茶店の窓から外の景色を見ていた。

お母様のことを思い出しているのだろうか。

そんな彼女に、かける言葉が見つからなかった。結局お母様は、何も知らずに死んでしまった。その事実を覆せるものは、何もないのだ。


「……アルシエラさん」

「……はい、なんですか?」


しばらく黙っていたランバット伯爵夫人は、私に呼びかけてきた。

彼女の目には、先程までのような悲しみは宿っていない。真剣な目で、私のことを見つめてきている。


「あなたに謝罪をします。無礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ、気にしないでください」

「……同時に、あなたと出会えたことに感謝します。私の元に来てくれて、ありがとうございました。おかげで、長年の憂いが一つ解消されました」


ランバット伯爵夫人は、私に向かってそっと頭を下げた。

それに私は少し、困惑してしまう。お礼も謝罪も、私が受け取るべきものであるとは思えなかったからだ。


「私はただ、母のことが知りたいと思っただけです。私は母のことを、それ程よく知っている訳ではありませんでしたから」

「……あなたがここに来てくれなければ、私はアルシャナのことを勘違いしたままだったと思います。それがわかったということは、私にとって何よりも嬉しいことなのです」


夫人はそこで、ゆっくりと頭を上げて私の目を見てきた。

その視線に、私は固まる。何故かわからないが、そこから目が離せない。


「アルシエラさんは、本当にアルシャナに似ていますね?」

「そ、そうですか?」

「ええ、あなたを見ていると昔のあの子を思い出します。そんなあなたに、不躾ながら一つお願いしてもいいでしょうか?」

「……なんですか?」


夫人を見ていると、なんだか母のことを思い出した。その顔には、母と似た部分があるのだ。

それは彼女の方も、同じだったようである。そういえば、最初に私を見た時に夫人は固まっていた。あれもきっと、私の中に母を感じ取ったからだったのだろう。


「私はあなたの伯母になりたいとそう思っています。あなたは私に、それを許してくれますか? あなたの母に手を差し伸べなかった私を……」

「……断る理由はありません。過去には色々とあったのかもしれませんが、結局の所私達は皆エルシエット伯爵に踊らされた被害者ですから」


私はゆっくりと席から立ち上がり、夫人の元に近寄った。

すると彼女も立ち上がり、私の方を向く。そんな彼女に、私はゆっくりと身を預けた。


「伯母様……」

「アルシエラ……今まで、よく頑張ってきましたね。本当に、本当に……あなたは、なんと強い子なのでしょうか」

「ありがとうございます。ありがとう、ございます……」


私は、叔母様の胸の中で涙を流していた。

その温もりを感じた瞬間、私の中でこれまでの日々が溢れ出してきた。

そんな私を、叔母様はゆっくりと受け止めてくれる。なんというか、随分と久し振りに家族の温もりを感じられたような気がした。

そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。

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