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#心霊
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「そんなこと言わないでよー。僕だって、もっとイケメンの状態で会いたかったよ」
翼はトボトボと歩き、部屋の隅の座布団に腰掛けた。ずん、と部屋の空気が沈む。姿形はグロテスクだが、肩を落とすその丸まった背中は、生前の翼そのものだった。怒られた時に、よくあんな風に小さくなっていた。
私は深呼吸をした。ラベンダーとドブのハイブリッド臭が肺を満たし、少し目眩がした。しかし、恐怖は急速に薄れていく。だって、目の前にいるのは、どれだけ見た目がグロテスクでも、私が三年間片時も忘れたことのなかった、最愛の恋人なのだから。
「……とりあえず、上がって。あ、座布団の下に新聞紙敷く?」
「そこまで汚物扱いしなくてもよくない!?」
「だって、畳に汁とかついたら賃貸だから退去費用がヤバい」
「汁って言わないで! 体液って言って!」
「どっちも最悪だよ!」
そんな不毛なやり取りを経て、私たちは二メートルほどの適切なソーシャルディスタンスを保ちつつ、向かい合って座った。時計の針は午前零時を回っている。七夕の本番だ。
「で……そっちの生活はどうなの?」
私は、お茶を淹れるべきか迷ったが、ゾンビの胃袋にお茶を流し込んだら下から漏れるのでは、という凄惨な想像が脳裏をよぎり、結局出すのをやめた。
「そっちの生活? うーん、基本的にはみんなのんびりしてるよ。ただ、僕みたいに現世に未練があるやつは、七夕の審査に通るとこうして一晩だけ里帰りできるシステムなんだ」
「へえ、審査制なんだ。倍率高そう」
「高い高い。僕なんか『恋人を残して死んだ無念さ』をアピールして、なんとか当選枠に滑り込んだんだから。でもさ、いざ現世に転送されるって時に、配給された体がこれでしょ? 織姫に会いに行く彦星の気分で来たら、ゾンビゲームに出てくる雑魚キャラだもん。神様も人使い荒いよね」
翼は「ははは」と笑う。笑うと、頬の欠損した部分から、彼の喉の奥まで見えそうだった。私は慌てて視線を彼の「オシャレなシャツ」へと固定する。
「でも、美月さ。髪型変えた? 前のショートも可愛かったけど、今のボブも似合ってる」
「……あ、気づいた?」
「当然だよ。僕がどれだけ美月のこと好きだと思ってるの」
不意打ちだった。その真っ直ぐな言葉に、胸の奥がキュンと切なくなる。見た目はどうあれ、彼の心は三年前のあの夏の日のままだ。私をからかうような優しい目(左目だけだけど)も、私の変化にすぐ気づいてくれる繊細さも、何一つ変わっていない。
「美月、寂しかった?」
「……当たり前じゃん。バカ。急にいなくなるんだもん」
「ごめんね」
翼が、そっと手を伸ばしてきた。その手は、かつて私の手を包み込んでくれた、大きくて温かい手——ではなく、爪の周りが紫に変色し、皮膚がカサカサに乾燥した、少し冷たそうな手だった。けれど、私は逃げなかった。差し出されたその手を、そっと握り返す。
「……冷たいね」
「うん、死んでるからね。でも、美月の手はあったかいや」
翼が嬉しそうに目を細める。その瞬間、部屋を支配していた生ゴミの臭いが、不思議と気にならなくなった。愛の力、あるいは嗅覚の麻痺である。多分後者だが、今は前者だと思いたかった。
二人の間に、静かな時間が流れる。窓の外では雨が降り続いており、世界に私たち二人だけしかいないような、そんな錯覚を覚えた。
翼が、じっと私の顔を見つめてくる。彼の顔が、少しずつ、近づいてきた。生前、彼がキスをする時の、独特の予備動作。顎を少し引いて、愛おしそうに私の唇を見つめる、あの角度。
(あ、これ、いい雰囲気のやつだ)
翼の顔が、距離にして三十センチまで接近する。間近で見る彼の顔。剥き出しの歯茎。腐敗して陥没した鼻。ドブ川の臭いが、ダイレクトに私の顔面を直撃する。臨場感満点の上映でも、ここまでの迫力はない。
二十センチ。十センチ。
「……っ」
私は、限界を迎えた。
「ごめん、無理!!!!」
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