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それと同時に、本当に修太郎さんが私のことを大切に想って下さっているのがわかって。
「――凄く凄く嬉しいのですっ! 気持ち悪くなんて、ないのですっ!」
そのことに気が付いたら、今日を逃してはいけない、と思いました。
それなのに――。
「あ、あのっ、なのに……ごめんなさいっ。私、今、印鑑持っていないのです……」
折角ここまで仕上がっている書類を、私のせいで完成できないことが、申し訳なく思えてしまって……。
何だか悲しくてしゅんとしてしまいました。
こんなにもお膳立てして頂いたのに、印鑑がないとか……不甲斐ないにも程があるのですっ。
大人は普段から、身分証明書とともに認印くらい持ち歩くものなのかも知れないのかも?と思った私は泣きたくなりました。
私は本当に子供なのです。
悔やんでも悔やみきれなくて、ボールペンをギュッと握りしめたまま涙目で修太郎さんを見つめたら
「泣かないで、日織さん。僕が言わなかったのですからなくて当然です。それに……実は何の問題もないんですよ? サプライズだとそんなこともあるかもしれないから、とお義母様がお借し下さいました」
言って、「藤原」と刻印された印鑑を手渡されました。
「身分証明書は……まだ車の免許証をお持ちでない日織さんは、マイナンバーカードを常に持ち歩くようになさっているとお義母様からお聞きしていますが……もしも今ないようでしたら……近いですし、出直しましょう」
修太郎さんから言われて、婚姻届の提出に、身分証明が必要だと言うことを初めて知りました。私は本当に世間知らずです。
「大丈夫です。二十歳になった時にお母様からアドバイスされて……以来持ち歩くようにしています」
それにしても……。
この感じからすると、私以外の皆さんは今日こういう運びになることをご存知だったのでは?と、今更のように思い至りました。
そういえば――。
お風呂のことをお聞きした際、お母様が「今日は特別な日」だとおっしゃったこと、それから出がけにお父様が、付け加えるように「良かったな」、と声をかけて下さったことをふと思い出しました。
私はどちらのお言葉も深く考えず、「許嫁の方の御宅への、初めてのお泊まりという特別な日」で、「修太郎さんとデートできて良かったな」だと勝手に解釈してしまっていました。
でも、今思えば、どちらもこの事を指していらした気がします。
「私だけ知らなかったの、なんか悔しいのです……」
気が付いたら、私はポツン……とそんな風に恨み節を吐き出してしまっていました。
修太郎さんはサプライズを狙っていらしたのですから、私だけ気付いていなかったのはある意味成功だと分かっています。
分かってはいるのですが……。
それでも修太郎さんのお考えを知るのは私が一番でいたかったという……そんなモヤモヤした思いが心の中で渦巻いて。
そう、この気持ちは……。
「……ごめんなさい。ただのヤキモチです」
うつむいたまま小さくつぶやいたら、
「日織さん、僕のために嫉妬して下さって、本当に有難うございます。不謹慎だと分かっていますが、今、僕はとても嬉しいです」
ペンを持って婚姻届に向かったまま動きを止めてしまった私を、修太郎さんが後ろからギュッと抱きしめてくださいました。
ずるいです、修太郎さん。
私、それだけでモヤモヤが晴れて、嬉しくて堪らなくなってしまうのです……!
コメント
2件
うれしいね!
ああ、ついに来ましたね…! 修太郎さんの周到な準備と、それに気づかない日織さんの純粋さの対比が本当に素敵でした。印鑑の件でしゅんとなる場面から、実は義母様が借してくださっていたという仕掛けに「なるほど」と膝を打ちました。そして「ただのヤキモチです」と自覚する日織さんの心情にほっこり。「ずるいです、修太郎さん」という台詞、めちゃくちゃ可愛かったです。2人の関係が着実に深まっていくのを感じられる、温かいエピソードでした!