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宮本が消えた途端に、キツい口調で言われたことは、橋本の胸に突き刺さるように響いた。
「雅輝の才能……アイツの走りについては、本人にまかせていることですので、俺がひとりじめしているつもりはないですけど」
ありきたりの言葉をやっと告げるのが、橋本としては精一杯だった。
「橋本さんが雅輝さんに走れと言えば、彼はきっと走ってくれるハズなんです。頼んでみてもらえないでしょうか?」
「それは――」
恋人の頼みなら、どんなことでも叶えそうな宮本の性格を見切った佐々木のセリフは、橋本の口を重たいものにした。
「だってもったいないでしょ! あれだけ速く走れる才能を持っているのに、隠してしまうんですから。代われるものなら、雅輝さんになりたいくらいです」
「……誰だって、アイツにはなれません。雅輝の才能は確かにすごいものですが、恋人の俺が強制してやらせるものじゃない!」
佐々木の言葉の熱意に当てられたせいで、橋本も思わず声を荒らげてしまった。周りが静かすぎるせいで、橋本の声は遠くまで響き渡った。
「雅輝は……アイツは、自分の車を持っていません。走り屋からすでに足を洗ってるんです。理由は聞いてません。アイツが話してくれるまで、俺はいつまでも待つつもりでいるので」
橋本は自分を落ち着かせようと、徐々に声をいつもどおりに戻しつつ、頭の中で宮本の笑顔を思い出した。どこか照れた表情で橋本を見つめて嬉しそうに微笑む宮本の笑顔は、橋本の精神安定剤になっていた。
「話したくないワケが、あるということなんですね?」
「たぶん。走るキッカケが失恋から立ち直るためだったし、そこから走り屋を辞めるとなると、やっぱり深い事情があると思う」
三笠山で見た、羨望のまなざしで宮本を見つめる大勢のギャラリーを思い出した。自分の車で峠を走っていないのにもかかわらず、走り屋のチームやギャラリーから神格化されている宮本の姿は、橋本の目には奇異に映った。
その理由は普段見ている、のほほんとした宮本が崇め奉られてる存在として扱われていることに、違和感があったせいだと思い至ったのだが。
(自分のことを、モブキャラレベルと称している宮本にとって、神格化されるのは恥ずかしいことに繋がるから嫌がっている……。なんていうくらいの感情なら、俺に話をしてくれるだろうし)
橋本が顎に手を当てて考え込んでいると、背後からエンジンの音が聞こえてきた。