「森川さん、この書類だけどいくつか誤字があるから修正しておいて」
「ごめんなさい、確認はしているんだけど。直しておきますね」
「そうだよね、俺も何度見ても間違っていたりするし、じゃあよろしく」
はぁ
小さくため息をついて指定の書類のword文書を立ち上げる。
去年、父親の会社がISLNDに吸収されて森川住販からISLAND住販となり、トップは全て交代になった。
美しが丘の家は人手に渡って母と私は小さなアパートに引っ越しをした。
父はいくつかの訴訟を抱えて家に帰ってきていない。
ISLAND住販は森川住販の時の社員がほとんど残っているので、今まで私を“社長のお嬢さん”と呼んで私との接点など持てなかった人たちが今では“森川さん”と気安く呼んでいる。
ずっと高嶺の花だった私をお昼だとか飲み会だとか誘えるようになって嬉しそうだ。
先月、賢一さんが結婚をした。
新二くんに写真を見せてもらったが、白のタキシードがすごく似合っていて素敵だった。
私がこの隣に立ちたかった。
でも、私には新二くんがいる。
最後の食事会の時、新二さんに家まで送ってもらった。
家に着く寸前に「終わりにしよう」と言われたが、それが新二くんの本心ではないことはわかっていた。
新二くんには私しかいないし、賢一さんのことは諦めるしかなかったから、これからは新二くんとちゃんと向き合う気持ちでいる。
それに、新二くんが私を諦めていないのは私をこの会社に、自分の近くに置いておこうとしていることでわかる。
新二くんはのちのちこのISLAND住販の社長に就任することになるから、早く宅建を取って公私共に新二くんを支えていこうと思っている。
「森川さん、お昼どうしますか?」
私と同じ事務をしている子とよくお昼を食べに行くようになった。
定食屋からおしゃれな店までよく知っていて一緒に食事をするのは楽しい。
「うん、一緒に行こう」
「今日はパスタなんてどうです?可愛いお店を見つけたんですよ」
「じゃあ、そうしよう。楽しみ」
スープパスタのお店で内装がまるでおもちゃ箱のようで可愛らしい。
学生時代に戻ったような気分になりながら、ランチセットのミニサラダにフォークを入れたとき
「先月の副社長の結婚式、すごくすてきだったみたいですよね。大島くんに写真を見せてもらったんだけど、奥さんがめっちゃ美人なの!美男美女だし、豪華だしなんかロイヤル〜って感じ」
私が賢一さんの婚約者だったことも、新二くんと恋人同士だったこともみんな知らない。
新二くんは今はお互い距離を置いているけど恋人であることは変わらないけど。
「そうね、綺麗な人ですよね」
凛とした美人、そして賢一さんに愛されている女。嫌いだったけど、今はもうどうでもいい。
「ISLANDの御曹司は兄弟揃って面食いですよね」
「え?」
「この間、大島くん、あっ弟の方ね。偶然デート現場に遭遇しちゃって紹介してもらったんだけどめっちゃ美人だった」
「新二くんの彼女?」
誰?
だって、お互いが仕事に慣れたらまた二人で
「副社長の結婚式で知り合って付き合い始めたらしいよ」
「もう、大島くんがデレデレしちゃって見てらんないの」
「相手は・・・」
何も耳に入ってこない。
いつパスタが運ばれてきたのか、いつ食べたのかも覚えていない。
新二くんが私を裏切ったの?
「美人なんだけど、名前がすごく可愛いの」
私は時期ISLAND住販の社長夫人になる予定なのに。
「花ちゃんって言うんだって」
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