「じゃあ、この本はとても価値があるものなの。これを巡って世界は争っているの」
数秒前の行動は全て質問を続けるためのようだ。独り言のように僕の思考を置いていく。
「そうね、ダイヤモンドと同じくらいのかちにしましょう。え、ダイヤモンドは欲しくないって?」
役者はさも客の心を分かっているような口ぶりで話す。
「そういうことじゃないの。じゃあ、貴方の欲しいものと同価値。いや、この本はそれくらいお金になるわ。いらないのなら売って欲しいものでも買えばいいわ。そんなものを貴方は持っているのよ。これを好きな相手にあげてもいいわ。貴方はこの本をどうするかしら?」
彼女の言葉によって本の姿は変化することはなかった。ただの辞書のような重い本。
「受け取る?家宝にする?鑑定士に価値を仰いで売って欲しいと懇願させる?子供に自慢する?受け取らない?いらないのなら、図書館のどこかにでも忍ばせてみる?王族でも貴族にでも渡して崇拝してもらう?」
登場人物に同情する間もないほどに移り変わる舞台。既に決まった結末に沿うように流れてくる選択肢。まるで、僕の答えがその中にしかないような言葉の囲い。演劇の世界に閉じ込められている気分だ。
「何を選択したか当ててみてよ」
「あら、そうくるのね」
一瞬、彼女の顔に線が走る。舞台役者の仮面にヒビが入ったみたいだ。
「本当のところ、どうでもいいなって思うよ」
ホラ吹きピエロのようにその達者で饒舌な口が動く前、先手を打った。ピエロの顔は醜く歪む。
「関心を持ちなさいよ! あなたがこの本に魅力を感じたらどうするわけ。これはあくまで仮定の話で、あなたの本気の選択が知りたいわけじゃないわ。話を自分に置き換えられないのなら、答えを出さないでくれないかしら」
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