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「実篤さんからの誕生日プレゼント、実用的で気に入っちょります」
本当は、くるみの分だけと思っていたのだけれど、くるみが「いる物ですし、せっかくじゃけぇお揃いがええです」とニコニコするので、どちらも彼女に選んでもらって、通販サイトMitsurinの実篤アカウントの買い物かごに放り込んでもらった。
結局今日に間に合わせたかった結婚指輪は、デザインからこだわったオーダーメイド品にしてしまったため、納期に時間がかかると言われて持参できなかった。
結果として、くるみからは何個もプレゼントはいらないと釘を刺されていたけれど、スリッパを買ったのは良かったんじゃないかと思った実篤である。
くるみも、アクセサリーみたいに値が張るものじゃない生活雑貨だったからか、案外すんなり実篤の提案を受け入れてくれた。
くるみが選んだオオカミとウサギと言うデザインは、くるみとの初体験のきっかけになったハロウィンの仮装を彷彿とさせられて、実篤はちょっぴり照れ臭い。
「あーん。やっぱり可愛いです! ねぇ実篤さん。オオカミとウサギ。うちらの門出にぴったりなデザインじゃ、思いません?」
だけどくるみにはそう見えているらしく、ニコニコと笑いながらご満悦で実篤を見上げてくるから、 実篤は「そうじゃね」と答えるしかなかった。
そればかりか、クイッとそで口を引っ張られて、「オオカミさん、オオカミさん。一緒に暮らせるようになれたら、たくさんうちを食べて下さいね」と小悪魔なことを言われてしまう。
ケーキを手にしていなかったら「くるみちゃん!」と抱き締めていたところだ。
さっき傾いたかも知れないと心配されたばかりのケーキを、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかないではないか。
実篤は(くるみちゃん、もしかしてそれも計算ずくなん?)と思わずにはいられない。
力を込めすぎて、ケーキの入った小箱の持ち手をクシャリと変形させてしまってから、実篤は(いかん、いかん)と小さく吐息を落とした。
「と、とりあえず! これ、台所で中を確認してみんと」
グッと奥歯を噛みしめてくるみにそう提案すると、手にしたままの箱を掲げて見せて、
「あ。そうでした。……倒れちょらんことを祈っちょります」
くるみの気持ちをケーキに向けることに成功した。
***
テーブルの上。
ケーキの入った箱をそっと開けてみたら、中身は無事だった。
三つ入っているケーキたちが、スペースの余った箱の中で動いたりしないためだろう。
ケーキ屋が、あらかじめ丸めた厚紙を二個、ケーキのそばにテープ留めして倒れにくくしてくれていたのが功を奏していた。
「良かった。倒れちょらんかったよ」
実篤がくるみの方を振り返って言ったら、すぐ横からヒョコッと箱の中を覗き込んだくるみが「やんっ。実篤さん! 何ですか、これ! 凄い可愛いっ!」と悲鳴に似た驚嘆の声を上げた。
「うん。可愛ゆぅて、くるみちゃんにぴったりじゃろ?」
箱の中にはチョコレート生地と思しき小さめのロールケーキが三つ並んでいた。
ロールの真ん中には生クリームがたっぷり入っていて、生地に巻かれていびつな勾玉模様を描いている。
だけどそれはただのロールケーキではない。
アーモンドを持ったリス型の愛くるしいクッキーが、ロールケーキにペタッと貼り付くように配置されている。
美味しそうなふわふわロールケーキ尻尾を持ったリスたちが、箱の中に三匹並んでいるように見えるのだ。
しかもリス型のクッキーに描かれた顔がひとつずつ違うから、それがまたいい味を出していた。
「あぁーん! ホンマ、滅茶苦茶可愛いです! 何か食べるんが可哀想になるくらいっ」
くるみが何度も角度を変えては箱の中のリスたちを覗き込む。
そのチョロチョロひょこひょこと動き回る様が小動物そのものに見えて、実篤は(くるみちゃんの方がリスみたいで可愛いけん)と、一人心の中でクスッと笑った。
そういえば初対面の時にもくるみのことを〝リスみたいにちっこくて可愛い子じゃな〟と思ったのを思い出した実篤だ。
実篤だって、最初はバースデーケーキということでロウソクが立てられる直径十二センチほどの四号サイズのホールケーキを買おうと思っていたのだ。
それで一週間ばかり前、くるみが以前『うち、ここのケーキ、甘さが控えめで好きなんです』と話してくれた、『赤い窓』というケーキ屋へバースデーケーキを予約するために訪れた。
その時たまたまショーケースの中にこのリスのロールケーキがずらりと並んでいるのを見かけて、「これだ!」と心変わりしてしまった。
ロールケーキ部分を尻尾に見立てているからだろうか。
ひとつひとつのケーキ自体がそれほど大きくないから、甘いものが苦手な実篤でも何とか一個は食べられそうに見えたのも決め手になった。
気が付けば、実篤は店員に向かって「このリスのケーキ、来週の十九日に三つほど作り置きとか頼めたりしますかいね?」と問い掛けていた。
だって、くるみと言えば、彼女が営んでいるパン屋『くるみの木』のロゴが〝大きな木の下に佇んだリスのシルエット〟であることを思い出したのだから仕方がないではないか。
店員が、「お受けできますよ?」とにこやかに笑ってくれたのを見て、実篤はケーキとは別に数字の形を象った、大中小のロウソクの中から、小の方で2と5も一緒に買う決意をした。
出会った時二十四歳だったくるみは、二十五歳になる――。
実篤的には小さくていいと思ったこのリスのロールケーキだけど、甘いもの好きのくるみには物足りないかも知れないと思って、箱の中には人数より一つ余分に三つのロールケーキが入っている。
「ケーキは晩飯の後にするじゃろ? 一旦冷蔵庫ん中入れちょこうか」
箱のふたを閉めながら実篤がくるみを見詰めたら、「はい」と応えて、くるみがすぐさま冷蔵庫の扉を開けてくれた。
ケーキを買ってくることをあらかじめ伝えていたからだろう。
冷蔵庫の中には、箱がすんなり入れられるスペースが空けられていた。