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夜桜の下。
二人はしばらくそのまま座っていた。
話さなくてもよかった。
目黒の肩。
繋いだ手。
薬指に残った赤い輪。
それだけで十分だった。
「あべちゃん」
「何?」
「帰る?」
阿部は桜を見る。
「……もうちょっとだけ」
「じゃあいる」
阿部が笑う。
「めめは帰りたいとかないの?」
「ない」
「即答」
「あべちゃんがいる方にいる」
「……そういうの」
「何?」
「何でもない」
また胸が温かくなる。
今は。
その気持ちも嫌じゃなかった。
少しして。
二人は立ち上がった。
目黒が手を差し出す。
阿部は自然に重ねる。
赤い輪。
離れても消えない。
それでも。
触れ合うと少しだけ明るくなった。
「めめ」
「何?」
「縁って」
「結ばれたら何か変わるのかな」
目黒が考える。
「分かんない」
「だと思った」
「翔太くんに聞く?」
「帰ったらね」
山道を歩く。
行きよりずっと静かだった。
でも。
気まずくはない。
隣にいることが。
当たり前になったような感覚。
少し前まで。
目黒と二人きりになるだけで怖かった。
何をされるか分からなくて。
何を考えているのかも分からなかった。
今は。
繋いだ手を離したくない。
阿部がふと足を止める。
「めめ」
「何?」
「ちょっと離れてみて」
目黒の顔が曇る。
「なんで?」
「縁、確認したい」
kaede🍁
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908
#mmab
七瀬⛄️
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納得していない顔のまま。
目黒が数歩離れる。
阿部も反対へ。
一歩。
二歩。
三歩。
赤い輪は消えない。
それだけじゃない。
目黒がそこにいる。
見なくても分かる。
「あ」
阿部が目を閉じる。
「こっち」
指を差す。
「いるでしょ」
「いる」
目を開けると。
目黒も少し驚いていた。
「俺も分かる」
「本当?」
「うん」
目黒が胸へ手を置く。
「あべちゃんいる」
阿部も同じように触れる。
「変な感じ」
「嫌?」
「嫌じゃない」
「よかった」
目黒はすぐ戻ってきて。
また手を繋いだ。
阿部が笑う。
「そんな急いで戻らなくても」
「離れてるの嫌だった」
「数歩じゃん」
「嫌」
呆れながら。
阿部もその手を握り返した。
やがて。
屋敷の灯りが見えてくる。
ここへ来たばかりの頃は。
大きすぎる屋敷も。
知らない神様たちも。
全部怖かった。
でも今。
阿部の中に浮かんだのは。
帰ってきた。
その言葉だった。
足が止まる。
「あべちゃん?」
「……ねえ」
「何?」
阿部は屋敷を見て。
それから目黒を見る。
「俺さ」
「ここに帰ってきたって思った」
目黒が黙る。
「あべちゃん」
「何?」
「もう一回」
「また?」
「聞きたい」
阿部は笑った。
「ここに帰ってきたって思った」
紺色の神力が柔らかく広がる。
「嬉しい?」
「すごく」
目黒が手を少し強く握る。
「俺も」
「何?」
「あべちゃんが帰ってくるところになりたい」
胸が跳ねた。
帰る場所。
もう自分にはないと思っていた。
村の家は焼けて。
村そのものもなくなった。
でも。
なくなったから終わりではない。
新しくできることもある。
阿部は小さく笑った。
「もうなってるかも」
目黒の目が大きくなる。
「あべちゃん」
「何?」
「今日いっぱい嬉しい」
「よかったね」
二人で屋敷へ入る。
襖を開けた瞬間。
「遅い!」
翔太の声。
阿部が驚く。
「起きてたの?」
「起きてたよ」
「二人とも帰ってこないし」
涼太。
照。
深澤もいる。
「おかえり」
深澤が言う。
「ただいま」
阿部が答えた瞬間。
翔太の視線が左手へ向いた。
「……あ」
「何?」
「あべちゃん」
「手」
阿部は薬指を見る。
赤い輪。
深澤も気付く。
「え」
照が目を細め。
涼太が笑った。
「結ばれたね」
翔太が言う。
阿部の顔が熱くなる。
「やっぱり?」
「分かってなかったの?」
「多分そうかなとは思ったけど」
深澤が近付こうとした瞬間。
目黒が阿部の手を自分の方へ引く。
「めめ」
翔太が呆れる。
「見るくらいいいでしょ」
「近い」
「また嫉妬?」
「うん」
「認めるの早」
阿部が吹き出した。
「ふふっ」
深澤が笑う。
「じゃあ離れて見せろ」
「嫌」
「子どもか」
「ふっか」
照の声。
「はい」
一瞬で静かになり。
阿部はまた笑った。
翔太が二人の薬指を見る。
「ちゃんと輪になってる」
「これで完成?」
「うん」
少し嬉しそうに笑う。
「もう相手が近くにいるのも分かるでしょ?」
「分かる」
「やっぱり」
目黒も頷く。
「離れてても分かった」
「試したの?」
「うん」
深澤が楽しそうに聞く。
「他には?」
「他?」
「何したの?」
阿部が固まる。
目黒が普通に答えた。
「キスした」
「めめ!」
阿部の声が響く。
深澤と翔太が吹き出す。
涼太も口元を隠した。
「あべちゃん」
目黒が不思議そうにする。
「なんで怒るの?」
「言わなくていいことあるでしょ!」
「でも聞かれた」
「全部答えなくていいの!」
深澤が笑う。
「成長したと思ったけど」
「そこはまだだね」
「ふっかさん」
「何?」
「嫌い」
「はいはい」
阿部は顔を覆う。
それでも。
指の隙間から笑っていた。
やがて。
みんながそれぞれの部屋へ戻る。
最後に翔太が阿部の隣へ来た。
「よかったね」
阿部が少し驚いて。
「うん」
翔太は赤い輪を見る。
「最初はどうなるかと思ったけど」
「俺も」
「凍死しかけてたもんね」
「本当にね」
二人で笑った。
翔太が目黒を見る。
「あべちゃん大事にしなよ」
目黒はすぐ答える。
「する」
その紺色には。
何の迷いもなかった。
「じゃあ、おやすみ」
翔太が去る。
静かな廊下。
「あべちゃん」
「何?」
「今日どこで寝る?」
阿部は少し考える。
自分の部屋。
目黒の部屋。
どちらでもいい。
でも。
今夜は。
阿部から目黒の手を取る。
赤い輪が淡く光った。
「めめの部屋行く」
目黒が固まる。
阿部が笑う。
「また固まってる」
「嬉しい」
「知ってる」
「ずっといていい?」
「今日はね」
「明日は?」
「明日聞いて」
目黒が少し不満そうにする。
その顔を見て。
阿部は笑った。
「でも」
「何?」
「多分」
「明日も行くよ」
紺色の神力が一気に明るくなった。
帰る場所。
それは。
建物ではないのかもしれない。
戻りたい場所。
会いたい人。
今の阿部にとって。
それは。
目黒の隣だった。
二人は手を繋いだまま。
目黒の部屋へ向かう。
今まで何度も来た場所。
話して。
笑って。
手を繋いだ。
でも。
今夜は少し違う。
目黒が襖を開ける。
「あべちゃん」
「何?」
「どうぞ」
阿部が笑う。
「急に丁寧」
「来てくれたから」
「いつも来てたじゃん」
「今日は違う」
「何が?」
目黒が阿部を見る。
「縁が結ばれてから初めて来た」
言われると。
急に意識してしまう。
薬指。
赤い輪。
さっきの口づけ。
「……めめ」
「何?」
「そういうこと言わなくていいから」
「なんで?」
「恥ずかしくなる」
目黒は少し不思議そうにして。
「分かった」
素直に頷いた。
部屋へ入る。
いつもと同じなのに。
違って見える。
阿部が座ると。
目黒もすぐ隣へ。
「めめ」
「何?」
「近くない?」
「嫌?」
「……嫌じゃない」
「じゃあいる」
阿部は笑った。
二人で。
修行のこと。
深澤のこと。
照の説教のこと。
いつもの話をする。
でも時々。
二人とも薬指の赤い輪を見てしまう。
「あべちゃん」
「何?」
「まだある」
「消えないって言われたでしょ」
「でも見たい」
目黒が自分の薬指を重ねる。
二つの赤い輪が触れて。
淡く光る。
「嬉しそう」
「嬉しい」
「今日何回目?」
「いっぱい」
その答えがおかしくて。
阿部はまた笑った。
やがて夜が深くなる。
阿部がふと欠伸をした。
最近は。
神様に近付くほど眠気も薄くなっていた。
なのに。
今日は眠い。
「あべちゃん眠い?」
「ちょっと」
「寝る?」
「うん」
目黒が立ち上がり。
布団を用意する。
一組。
阿部はその背中を見る。
「めめ」
「何?」
「めめは?」
「寝なくていい」
「そうじゃなくて」
目黒が振り返る。
阿部は少し迷って。
「……一緒に寝ないの?」
目黒が止まった。
完全に。
阿部が吹き出す。
「ふふっ」
「めめ」
「いる?」
「いる」
目黒が阿部の前へ戻る。
「あべちゃん」
「一緒に寝ていいの?」
「嫌だったら聞かないよ」
「でも」
「何?」
「近いよ」
阿部の顔が熱くなる。
「知ってる」
「抱きしめてもいい?」
「まだ布団にも入ってないじゃん」
「先に聞いた」
阿部は笑いながら顔を伏せる。
「……いいよ」
紺色が一気に明るくなる。
「嬉しすぎ」
「うん」
「見れば分かる」
二人で布団へ入る。
並んで横になる。
阿部は。
誰かと一緒に眠った記憶がほとんどない。
村ではずっと一人。
この屋敷でも。
自分の布団で眠っていた。
隣に誰かいる。
それだけで。
こんなに違う。
目黒がこちらを向く。
阿部も見る。
近い。
「あべちゃん」
「何?」
「寝れる?」
「多分」
「俺いるけど」
「いるから寝れないってこと?」
「分かんない」
阿部が笑う。
「めめは寝るの?」
「寝なくていい」
「じゃあ俺が寝てる間どうするの?」
「いる」
「それだけ?」
「うん」
少し考えて。
「あべちゃん見る」
阿部が目を細める。
「それはやめて」
「なんで?」
「寝顔ずっと見られるの嫌」
「かわいいのに」
「まだ見てないでしょ」
「多分かわいい」
「多分で言わないでよ」
阿部は笑いながら。
少し目黒へ近付く。
目黒が黙った。
「何?」
「近くなった」
「嫌?」
「絶対嫌じゃない」
さっきの言葉を返されて。
阿部はまた笑う。
目黒の腕が伸びる。
でも。
途中で止まった。
また聞こうとしている。
そう分かったから。
阿部は聞かれる前に。
自分からその腕の中へ入った。
目黒が息を呑む。
阿部は胸元へ頬を寄せる。
「これでいい?」
「……うん」
目黒の腕が。
そっと背中へ回る。
強くない。
でも。
離れない。
紺色の神力が二人を包み。
そこへ阿部の緑が混ざる。
薬指の赤い輪も。
微かに光っていた。
「めめ」
「何?」
「なんか安心する」
「俺がいるから?」
「多分」
目黒が少し不満そうにする。
阿部は笑った。
「めめがいるから」
腕に少し力が入る。
「あべちゃん」
「何?」
「俺も安心する」
「めめ寝ないのに?」
「寝るとかじゃなくて」
少し考える。
「ここにいるって分かるから」
阿部は目を閉じる。
縁が結ばれて。
目黒の存在が前より近い。
触れなくても分かる。
でも。
こうして抱きしめられていると。
もっとはっきり分かる。
ここにいる。
自分も。
目黒も。
「あべちゃん」
「ん?」
「今日も俺の隣にいてくれてありがとう」
阿部は目を閉じたまま笑う。
「今日まだ終わってないよ」
「もうすぐ終わる」
「明日になったら?」
目黒が少し黙り。
「また聞く」
阿部が目を開ける。
「覚えてたんだ」
「毎日選ぶから」
胸が温かくなる。
阿部は目黒の着物を少し掴む。
「じゃあ」
「うん」
「明日になったら聞いて」
「分かった」
「ちゃんと俺が決めるから」
「うん」
それ以上。
目黒は何も言わなかった。
ただ阿部を抱きしめている。
静かな部屋。
遠くの風。
木々の揺れる音。
阿部の瞼が重くなる。
神様になりかけて。
眠る必要は減ったはずなのに。
今日は。
眠ってもいいと思えた。
この腕の中なら。
目を閉じても。
目黒がいなくならないと分かる。
「あべちゃん」
「何……?」
「おやすみ」
阿部は小さく笑う。
「おやすみ、めめ」
少しして。
呼吸が静かになる。
眠った阿部を。
目黒は見ていた。
でも。
寝顔をずっと見るのは嫌だと言われたから。
少しだけ我慢する。
代わりに。
薬指を見る。
赤い輪。
同じ光。
そっと指を重ねる。
眠っている阿部が。
無意識に握り返した。
目黒の目が柔らかくなる。
「あべちゃん」
返事はない。
それでも。
胸の奥で分かる。
ここにいる。
安心している。
そのことが。
何より嬉しかった。
目黒も目を閉じる。
眠る必要なんてない。
眠り方も。
あまり覚えていない。
それでも。
阿部と同じように。
目を閉じてみる。
同じ布団。
同じ夜。
同じ時間。
少しすると。
目黒の呼吸も静かになった。
本当に眠ったのか。
ただ目を閉じていたのか。
それは分からない。
でも。
夜が明けるまで。
二人の手は。
一度も離れなかった。
薬指の赤い輪だけが。
暗い部屋の中で。
静かに光っていた。
コメント
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もうっ…!第17話、甘すぎて胸が痛いよ🥀 縁が結ばれてからの阿部の「帰ってきた」っていう言葉にすごくグッときた。焼けた村がなくなっても、新しく帰る場所を見つけたんだね。目黒が「毎日選ぶから」って言うところ、あれ完全に愛だよ…。最後、二人で一緒に寝るところも、自然な流れで尊すぎて何度も読み返した。今夜はずっとこの余韻に浸ってる🌙