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「 」
ああ、あの人が俺を呼んでいる
答えようとして、
あの人の名前を呼ぼうとするけど。
「…?」
言葉が、出ない
空気が震えて、はく、と吐息が漏れるだけ。
なんで、?なんで
なんで出ないの、
いやだ
こわい
「っ…!!…‥…!」
叫ぼうとしても、無駄でしかなくて。
喉がひりつくだけ
その内、あの人の輪郭がぼやけはじめて。
あの人が、空気に溶けてしまいそうになって。
もっと怖くなって、駆け出した
あの人に手を伸ばして、あの人に触れた―――
――否、触れようとした。
手は、空を切った。
それに、気付けは俺はあの人の後ろに
立っていて。
ぞわりと、悪寒が走る。
嫌な考えが頭に浮かぶ
すり抜けたのか?
そんなこと、だって、まさか。
それじゃあ、あの人がいないみたい
じゃないか。
なわけないと、自分の考えを笑う。
なあ、そうだろう。
そうやって、後ろを振り返った。
そこには、なにもなかった。
あの人も、地面も空も、
なにも、なかった。
まっさらだった。
存在するのは自分だけだった
はく、と。
また、吐息が漏れる。
…あ、れ
“あの人”、どんな顔だったっけ
顔だけじゃない、声は?見た目は?
髪の色は?
そもそもあの人って、誰だっけ。
「っは‥っ、、!!!」
ああ、同じ夢か。
夢だということに安堵すると同時に、
酷く苦しいことに気付いた。
がばりと起き上がって、息を吸い込んだ。
息を止めるなんて、悪い癖がついてしまった
ものだ。
ようやく呼吸が落ち着いて、うるさい
心臓の音を無視して、ベットから起きあがる
ふらふらとした足取りで歩きだして、
鏡の前でぴたりと止まる
鏡を見れば、血色の悪い顔。
いつもは鏡を見るのが億劫だったが、
今はそれが有難かった。
それを見れば、現実に戻ってきた気がする
「…大丈夫、いきてる。
自分も、世界も
空は青い、地面は硬い」
夢から覚めたときに、いつも言う言葉
もはや日課になってしまったな。
その内立っているのがきつくなって、
ベットに逆戻りして座り込む。
「‥また、思い出せなかった」
そうぽつりとこぼした。
この夢を見るのもこれで何回目だろう。
ふと机を見やれば、見覚えのあるノート。
それを手にとって、1ページ目を捲る。
1ページ目には、今日から丁度2ヶ月前の
日付。
もうこの夢を見て2ヶ月になるのか
そこからぱらぱらとノートを捲っていって、
昨日の日付で書き込みは終わっていた。
“今日も思い出せなかった
ずっと同じことの繰り返し
何時まで続くんだろう
変わったことといえば、ノイズが
聞こえたことくらい”
そういえば、今日はまだだったな、と。
少し考えてからペンを取り、
今日の夢のことを言葉に書き起こす。
“今日も駄目だった
昨日と同じくノイズが聞こえた
いつかノイズが取れる日は来るのだろうか
そうしたらなんと言っているのかわかるのに”
ペンとノートを戻し、小さく溜息をついて、窓から見える青空を眺める。
青空は、何処と無く落ち着くのだ。
暫くぼうっと窓の外を眺めていると、
携帯が震える。
携帯の画面を見やれば、そこには
見覚えのある同僚の名前が載っていた。
糸は、まだ短くちいさい
言葉は、まだ意味を持たない
捩れて、絡まって、千切れて、
それの繰り返し
夢というほんの僅かな糸
言葉というほんの僅かな手掛かり
それを手繰り寄せて、編んで、紡ぐ
糸がいつか、一つの思いになるように
言葉がいつか、一つの意味になるように
今はただ、それを願って
紡ぐ。