テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
猫塚ルイ

「あら? ――健司じゃない? 嘘、久しぶりー!」
甲高くて、どこか神経を逆撫でするような女性の声が、静かなカフェに響いた。
誰? と思って穂乃果が顔を上げた瞬間、ナオミの端正な顔立ちから、一切の表情が消え失せるのを目の当たりにした。
近づいてきたのは、ものすごくスレンダーで、胸元が大きく開いた服を着たボインな女性だった。
ナオミの顔が、みるみるうちに硬くなっていく。
「……直美」
ネオンの下の妖艶な女王でもなく、エリート風な好青年の織田健司でもない、酷く掠れた声でぼそっと呟いたその名前に、穂乃果は「え?」と戸惑った。ナオミ、ではなく、直美。
「大学生以来ね。元気だった? 全然会わないから心配してたのよー」
親しげにナオミの顔を覗き込んでくる女性――直美は、こちらの気まずい空気など一切お構いなしに、機関銃のように喋り続けた。
「随分イケメンになったのね、びっくりしちゃった! ……で、どうなの? もう、あの頃の気持ち悪い趣味は卒業したの?」
ドクン、と穂乃果の心臓が嫌な音を立てた。
いつもなら周囲を視線一つで捻じ伏せるはずのナオミが、まるで金縛りにあったように一言も発さず、ただ青ざめて黙り込んでいる。その大きな手が、微かに震えているのを見て、穂乃果の胸が激しく痛んだ。
「あの……! 人の趣味を気持ち悪いとか言うの、人としてどうなんですか?」
気づけば、穂乃果の口から言葉が飛び出していた。
その声で、直美は初めて穂乃果の存在に気づいたように、上から下までじっくりと品定めするような不快な視線を向けた。
「あら、いたの。地味すぎて気付かなかったわ。なぁに? 健司ってば、こんな子で遊んでるの? 意外だわ……」
(なに、この人! 感じ悪い……っ)
「あぁそっか。アンタのあの趣味じゃぁ普通の女子は寄って来ないか。そう言えば、今日はまともな恰好してるじゃない? スカート履くのもう辞めたの? それとも、この子の前では隠してるだけ?」
「……っ」
ニヤニヤと、卑下た笑いを浮かべながら、悪意のある質問を投げかけてくる。
「ねぇ、何も言わないの? まぁいいや。健司があの趣味辞めたんならもう一度付き合ってあげてもいいけど? 黙ってたらイケメンだし。あたしもちょうど今、フリーだし」
まるで穂乃果のことなんて最初から眼中にないと言わんばかりの態度で、直美はナオミに身体をすりよせてこようとする。
ナオミはただ、唇を噛み締めて下を向いたまま。
(人が傷付くようなことを言って……こうやって追い詰めて……信じられない……っこの人は、誰よりも美しくて、誰よりも優しい人なのに――!)
悔しくて歯がゆくて、腹が立って仕方ない。居てもたってもいられずに穂乃果は勢いよく椅子から立ち上がると、スッと二人の間に立ち、その小さな身体で直美の手を遮るように、はっきりと言い放った。
「ナ……健司さんは、あなたには渡しません!!」
コメント
1件
うわっ……このシーン、心臓ギュッてなった🥀 ナオミが「直美」って呼ばれた瞬間の凍りつき方、そして言葉を奪われてただ震えてる姿が痛すぎて……。過去に何があったんだろう、って考えただけで胸が苦しい。 でも穂乃果が「渡しません!!」って立ち上がったところ、涙出そうになった。誰よりも優しいって信じてるからこそ、あの一言が出るんだよね。私もそうありたいって思わせてくれる、すごく沁みる回だった🤍