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明け方、私はアンナとともに皇宮を後にした。皇宮に出入りする荷馬車の御者に金貨を握らせ、私たちは積荷の影に身を潜めた。
行き先は、ここからほど近いスラムにある孤児院――私とアンナの故郷。
「今の体調で、いきなり長距離を移動するのは危険すぎますよぉ! 木を隠すなら森の中。孤児院で一旦ほとぼりが冷めるのを待ちましょうっ!」
まずは体調を整え、隙を見て遠くへ移動する。院長先生なら訳ありの私たちをきっと受け入れてくれるはずだとアンナ言った。
ガタゴトと揺れる馬車の中、私はポケットから懐中時計を取り出した。カイル殿下から贈られた、精緻な銀時計だ。
(……これだけは、売るに売れなかったのよね)
宝石なら換金できたけれど、これには私の名前が刻印されている。ソフィア・セレネ・オルディス。離婚した今はオルディスじゃなくてヴァンクロフトだけど。
(……1分1秒を惜しむ私にとって、時計は必要不可欠。だから持っているだけ。他意はないわ)
自分に言い聞かせながら、私は昨夜の出来事を反芻していた。 壁際に追い詰められた時の、あの彼の剥き出しの執念。鼻先が掠めるほどの至近距離で受けた、熱を帯びた口づけ。
耳元で囁かれた「死んでも離さない」という言葉が、時計の秒針の音に合わせて脳内で再生される。
(……心臓が変な音を立ててる。飼い犬に手を噛まれるって、こういうことかしら。それとも……)
「……着きましたよ、お嬢様!」
アンナの明るい声に、私はハッとして時計を隠すようにしまった。馬車を降りると、古びてはいるけれど、隅々まで手入れされた温かみのあるオレンジのレンガ造りの建物が、朝日を浴びて佇んでいた。
#溺愛
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