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あの後、結局ハン・バガーセットを追加で3つ注文するまで、私の舌は満足することができなかった。
それほどまでにこのハン・バガーという料理を気に入ったのだ。そのうち、自分で作れるようにもなってみたいものだな。
食事を終えた頃には既に7回目の午後の鐘が鳴った後で、少し焦った。
私の予定としては、もっと早くに食事を終えて資料室に向かう予定だったのだ。流石に1日で全ての本を読み終えるつもりは無かったが、僅かな時間でも読める本の数はだいぶ違うことになっていただろう。
それでも、それなりの時間本を読む時間は確保できたのだ。最終的に資料室に蔵書されている本の約8割を読み終えることができた。少なくとも、私が受注した依頼に必要な知識は問題無く得られた。
面白い魔術も習得できた。
指定した対象に付着している物質を取り除く、『清浄《ピュアリッシング》』という魔術だ。
汚れは勿論、老廃物も取り除くことができるらしい。
長時間水浴び等で体を洗うことのできない冒険者にとっては、清潔さを保つだけでなく病気を防ぐため、必須の魔術とされているようだ。
ラビックが連れてきた騎士の衣服に特に汚れや老廃物が付着していなかったのも、この魔術によるものだろう。
10回目の午後の鐘が鳴り資料室が閉室した後は、”囁き鳥の止まり木亭”の私の部屋に戻り、早速ベッドの寝心地を確認してみることにした。
靴と服と自分を対象に、早速先程習得した『清浄』を施してから服と靴を脱いでおく。
汚れは取れたが、靴を履いたまま柔らかい敷物に挟まるつもりは無かったし、折角フレミーが3着も衣服を用意してくれたのだ。一日ごとに着替えていくことにしようと思う。それに、この敷物の肌触りを全身で感じてみたいしな。
就寝の準備が整い、2つの敷物の間に入る。
とても柔らかい。肌触りだけならば、フレミーが作ってくれた布の方が圧倒的に上である。
しかし、しっかりとした作りのベッドを基礎として滑らかな肌触りと柔らかな感触の敷物が、私の体をしっかりと支えてくれている。さらに、そんな私の体を上から、同じく滑らかで柔らかな感触の敷物が覆いかぶさり、文字通り全身を包み込まれることになったのだ。
とても心地良い。
やはり、部屋を確認した時に試しに横になろうとしなくて良かった。
横になっていたとしたら、私は誰かに起こされるまでこのベッドで横になっていたままだっただろう。敷物に挟まれてからほんの10秒足らずで、私は意識を手放すこととなった。
………体が、揺れる。
滑らかで温かい肌触りの何かに全身を包まれ、とても心地いい。そんな状態からさらに、優しく体が揺れている。
とても、とても、心地良い…。体の揺れで少しだけ意識が戻ってきたが、この心地良さは、むしろ更なる眠りへと誘うような、そんな心地良さがある…。
「……ャン!ノア姉チャン!起きてえっ!!朝になったってばぁ!!」
…誰かの声が聞こえる。心なしか、体の揺れも少しだけ激しくなったような気もする。
多少揺れが強くなっても、心地良いのは変わらない。このまま、心地良さに身を委ねて眠りにつくとしよう…。
「起きてってばぁ!!くそ…っ!ぜ、全然起きねぇ…。こ、こうなったら、掛け布団をはぐって、耳元で思いっきり叫んでやる!でやぁっ!!」
…心地良さしか感じられない滑らかな肌触りが半分、私に覆いかぶさっていた部分の感触が無くなってしまった。
どうして無くなってしまったのだろう?少し悲しい。それに、寂しくもある…。温もりが欲しい…。
…私のすぐ近くに温かな気配を感じる。
大きさは、ラビックよりも大きいな。抱きしめたら、気持ちが良いだろうか?気持ちが良いだろうな。こちらまで来てくれないだろうか?
私の願いが叶ったのか、私の顔のすぐ近くまで温かな気配が近づいてきてくれた。
抱き寄せよう。温かな気配は家の皆と比べると、とても儚く感じる。極力優しく、優しく抱きしめよう。きっと、とても温かくて心地良い筈だ。
「ノ、ノア姉チャン、なんて格好で寝てるんだよ…。ほとんど裸じゃん…。と、とにかく!思いっきり大きな声で耳元で叫べば起きるだろ。いくぞぉっ…。スゥー…ッ、ノア姉チャうわぁっブッ!?!?」
あぁ、やっぱり、思っていた通り温かい…。
単純な温度でいうのなら家の子達の方が高いのだろう。だけど、この温かさは、体温によるものだけではなさそうだ。
この温かさは、魔力だろうか?どうであれ、とても心地良いのは間違いない。ぐっすり眠ることができそうだ。
「ちょっ、ノア姉チャッ…、は、離してっ、お、起きてえええぇ!!!」
大きな声が耳に響く。
この温かな気配は、私の腕から離れたいようだ。声の内容からして、気配の持ち主は私に目覚めて欲しいらしい。
こんなにも心地良いのに、目覚めるのはとても心苦しい。だが、切実に望まれているのであれば、声に応えた方が良いのだろうな。
とても重く感じる瞼を必死の思いで持ち上げると、目の前には顔を真っ赤にさせたシンシアが、涙目で私を睨みつけていた。
「ん…。シンシア…?」
「ノア姉チャン!?やっと起きたのっ!?もう朝だよっ!!父チャン達が朝飯作って待ってるぞ!!」
「シンシアは、あたたかいね…。一緒に、寝ようか…」
「だぁかぁらぁっ!寝ちゃダメだってばあーーーっ!!!」
「んおぁっ!?!?…お、おぉう。朝か。おはよう、シンシア。起こしてくれてありがとう」
流石はシンシア、とても元気で大きな声だった。寝ぼけていた私の意識を一気に覚醒させてくれたな。やはり彼女に頼んで正解だったか。
それにしても、とんでもないな、この敷物は。朝までグッスリだ。これを作った人間も、ハン・バガーを作った者と同様、天才じゃないだろうか?
しかし、何故私は、シンシアを抱きしめているのだろうか?
「ん。おはよ。ノア姉チャン、そろそろ離してくれるか?」
「ん?ああ、そうだね。…どうして、そんなに睨みつけているの?」
「ノア姉チャンが全然起きないからだろっ!?何度も呼んだり揺すったりしても全っ然起きなかったんだからな!!?」
それは悪いことをしてしまったか。しかし、揺すられるぐらいでは私は目覚めるどころか、より深い眠りにつくだけだろう。
以前ラビックが私を起こそうとして体を揺すっていたが、あれもかなり心地よかった。レイブランとヤタールが一緒になって起こしてくれなかったら、そのまま眠っていただろう。
「確かに朝起きられないって言ってたけどさぁ…。ノア姉チャン、こんだけやっても全然起きないって、普段どうやって朝起きてるんだ?」
「いつもは一緒に寝ている2羽の大きな鳥に、頭を嘴で突ついてもらったりしているよ。揺すられたぐらいだと、かえって気持ちよくなって余計に眠くなってしまうだろうね。」
「ええぇ…。それで怪我とかしないの…?」
「しないなぁ…。それどころか、私を起こそうとして尻尾をぶつけられて、怪我をしてしまった子がいるぐらいだからね。私を起こすときは、棒で頭を叩くぐらいでちょうどいいと思うよ?」
「マジかぁ…。竜人《ドラグナム》って、頑丈なんだなぁ…」
シンシアの竜人に対する印象がかなり偏ってしまった気がする。
シンシアには、他の人には私がしてもらう予定の起こし方はしないように言っておこう。まだ見たことも無い本来の竜人よ、済まない。私のせいで、変な風評が立ってしまったかもしれない。
「私は、他の竜人に会ったことが無いから皆がそうとは限らないと思うよ?一応、私以外の人には、普通に起こしてあげれば良いんじゃないかな?」
「言われなくても、ノア姉チャン以外の人を棒で叩いて起こそうなんて思わないって。母チャンに怒られるだけじゃすまなくなっちゃうよ」
「それはそうだろうね。女将さんや宿の主人が、客が怪我を負いかねない行為を許す筈が無いだろうからね。私の起こし方に関しては、私の方からご両親に話を通しておくよ。さ、朝食を食べに行こうか」
「えっ?ちょっ、ノ、ノア姉チャン!待って!服を着てぇっ!?」
朝食が取れるとシンシアが言っていたのを思い出し、早速一階へ向かおうと思ったのだが、慌てた様子で顔を赤くしたシンシアから待ったが入った。服を着てほしいとのことだ。
あぁ、そうか、昨日寝る時に脱いだから、今身に着けているのは”布のようなもの”だけか。私としては服を着ようが着まいがどちらでもいいのだが、シンシアはそうはいかないらしい。
『収納』から昨日とは違う服を取り出して着るとしよう。あぁ、靴もちゃんと履いておかないとな。
「…また肌がいっぱい出てる服着てるし…。ノア姉チャン、その格好、恥ずかしくないの?」
「?特に恥ずかしいと思ったことは無いよ?理由が分からないのだけど、肌を見せるのは恥ずかしいの?」
「いや、恥ずかしいだろっ!?おへそとか見えちゃってるしっ!太ももだって見えてるじゃんっ!?」
「特に気にしたことは無いなぁ。それに、これを用意してくれた娘はとても似合ってると言ってくれたからね、気に入っているんだ」
「似合ってはいるよっ!?似合ってるけど、ノア姉チャンみたいな美人がそんな格好してたら、みんなノア姉チャンのこと、絶対やらしい目で見るって!」
やらしい目、ねぇ…。
ああ、あれか。昨日、冒険者ギルドに入るなり、いきなり絡んできた連中みたいな視線を送られるのか。シンシアとしては、それが嫌なのだろう。
そういった視線を向けられることに対しては、別に不愉快な気分には不思議とならないな。あれはもう、[そういうものだ]と認識してしまっている。
しかし、それが原因で頻繁に絡まれてしまうというのであれば、確かに不都合ではあるし不愉快にもなるだろう。シンシアの気持ちが分かったというわけでは無いが、対策は考えないとな。
「ううむ、確かに、昨日のような連中に頻繁に絡まれるのはよろしくないな。私の時間が削られてしまう」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど…。って、ノア姉チャン、昨日絡まれたのかよっ!?全然そんな素振りしてなかったじゃんかっ!?」
「それはそうだよ。私にとってあの連中はどうでもいい存在だったからね。尻尾で適当に追い払って終わりだよ」
「ええぇ…。やらしい目で見られるの、嫌じゃないの…?」
「別に、不愉快には思わなかったよ?客観的に見て、そういう視線を向けられるのは自然なことだと理解しているしね」
「だからって、気にしないなんて、できないだろ…」
「まぁ、良いじゃないか。そこまで気になるなら、今日、シンシアが私に合った服を売っている場所を案内してくれる?」
「うん!そうする!ノア姉チャンにはもっと普通の格好してもらうんだ!」
「良し、それじゃあ、そろそろ朝食を食べに一階に降りようか。あぁ、そうだ。シンシア、私には見ての通り、腰から太い尻尾が生えてるから、どうしてもお腹周りは露出させることになるよ?」
「うっ!?だ、大丈夫!尻尾用の通し穴を開けてもらえば、お腹も多分隠せると思うから!」
そこまでして私の露出を控えさせたいのか。シンシアの表情は何処か必死さを感じる。これは、動くのに少し気を遣う格好にさせられそうだな。
まぁ、いいか。
それだけ私のことを思ってくれているのだ。別段、露出の低い恰好をすることに激しい拒否感があるわけでは無いのだ。その善意は素直に受け取ろう。
それよりも朝食だ。
昨晩食べたハン・バガーはまさしく絶品だったのだ。朝食の味にも当然、期待できるというものだ。
既に作っていると言っていただけあり、一階からは食欲をそそるパンの香りと、複雑すぎて詳細は分からないが、食べなくても絶対に美味いと分かる馥郁《ふくいく》とした香りがここまで漂ってきている。
あぁ、実に楽しみだ。
朝食に出された料理は、焼き立てのパンと素材の味が複雑に、それでいて絶妙に混ざり合った透明なスープ。そして卵を溶いてチーズと共に火にかけたスクランブルエッグと呼ばれている料理だった。
昨晩シンシアが言っていた通り、ハン・バガーに使われていたパンとは、まるで違った食感だった。
表面はこんがりとしているのに、中はとても柔らかい。硬さと柔らかさの食感を同時に楽しめた。それに加えてバターという、動物の乳から脂質を取り出したと思われる食材と共に食べると、これがまた美味かった。
バターの脂が温かいパンに溶けて染み込み、バターに含まれていた塩味と共に更なる味と食感を楽しませてくれたのだ。
スクランブルエッグという料理もまた素晴らしかった。パンとは違った柔らかな舌触りと塩味をベースにした、ほのかに甘い味付けは、卵のまろやかな風味と実に相性が良かった。
そこに加熱されて蕩けたチーズだ。まろやかさに加えて蕩ける食感だ。美味くない筈が無いだろう。
そしてこのスクランブルエッグ。そのまま食べても実に美味かったが、昨日のハン・バガーのようにパンと一緒に食べることで、更に複雑な食感となって私を感動させてくれた。
極めつけは、特に具材の入っていない透明な茶色のスープだ。
具材が入っていないから大したことは無いなどとは、微塵も思わなかった。このスープが放つ香りこそ、私が二階で嗅いだ馥郁な香りの正体だったのだから。
一口、スープを口に入れただけで恍惚としてしまった。それと同時に、かつてないほど驚愕もした。
この味を、この透明なスープ作り上げるのに、一体どれだけの手間と時間が掛かっているのだろうか?間違いなく、1時間やそこらで出来上がるような簡単なものでは無い筈だ。
ハン・バガーを食べた時、これよりも美味い料理などそうそうないだろうと思った矢先、翌日になってすぐに優劣を付けられないほどの料理を出されるとは思いもよらなかった。
だが、美味さの表現は異なっている。
ハン・バガーが強く、はっきりとした味でガツンと味覚を刺激してくるのに対し、このスープは様々な食材の旨味を絶妙に混ぜ合わせた繊細さで味覚を刺激してくる料理だ。
どちらの方が美味い料理かなど、私には決められない。決められる筈が無い。どちらの料理も等しく美味い。私にはそんな陳腐な判断しかできない。
ハン・バガーもこのスープを開発した者も、そしてそれを現在調理して多くの人々に提供している宿の主人にも、この上ない敬意と感謝を。本当にありがとう。心から尊敬するよ。
おそらく、探せば他にも優劣を付けられない料理が数えきれないほど見つかっていくのだろう。
これが人間の料理、食生活。何と見事で、素晴らしいことか。
家にいる子達にも、是非とも振る舞うとしよう。あの子達は濃い塩味が苦手だから、塩分は控えめにしてな。
じっくりと朝食を堪能していたら、私が目覚めるのに時間が掛かったこともあり、既に午前8回目の鐘が鳴り終わっていた。
街を案内してもらうのはシンシアの手伝いが終わり、自由時間を与えられた頃、おおよそ午前の鐘が11回鳴った頃だ。
午前の鐘が7回鳴ると冒険者ギルドが戸を開けるとのことなので、既にそこの資料室も利用できるだろう。
ならば、11回目の鐘が鳴るまでの間に、資料室にある残りの本を全て読んでしまおう。
昨晩の受付嬢の説明では、資料室には”初級《ルーキー》”が依頼を達成できるのに必要な知識を得るための図鑑などの本と、魔術を記された魔術書が蔵書されていると言っていた。
だが、蔵書されていた本はそれだけではない。一般的な常識や教養についてもある程度の知識が記された本も複数蔵書されていたのだ。
新人冒険者のための本も有り難いのは確かだが、人間社会についてまるで知識のない私にとっては、常識や教養の知識方がありがたい内容だったのは言うまでも無いだろう。おかげで、少しは人間社会になじめそうだ。
そんなわけで、資料室の本を全て読み終わったところだ。管理人に本を全て読み終わった旨を伝え、資料室を利用させてもらったことに礼を言って退室しよう。
11回目の午前の鐘が鳴るまでもう少し時間がある。噴水広場で人間達の行き来を眺めて時間を潰すとしよう。
資料室を退室する際に、昨日対応してくれた受付嬢に声を掛けられた。
彼女にも、資料室を紹介してくれたことに対して改めて礼を言っておくことにしよう。
周りには相変わらずたむろしている冒険者達がいるのだが、どうも全員が同じ者達というわけでは無いようだ。ここにいない冒険者達は、きっと依頼を片付けているのだろう。
だが、昨日もいた連中は、依頼をこなさなくても良いのだろうか?
「あっ、ノアさん、お早うございます!依頼の品の情報は見つかりましたか?」
「ああ、無事に資料室の本を読み終わらせてもらったたよ。依頼達成のための知識や魔術だけでなく、一般常識についての本もあったおかげで本当に助かった。改めて、資料室を紹介してくれてありがとう」
「え゛っ?読み終わらせたって…まさか、あの資料室の本、全部読み終わったんですかっ!!?」
なにやら珍妙な声が出たようだが、そんなことよりも、受付嬢は私が一日で資料室の本を読み終えたことに驚いている。
まぁ、分かっていたことだ。一般的な人間が1冊の本を読み終える速度は、本来ならばもっと時間が掛かるだろうからな。
誰もが皆、本を読むのに同じぐらいの時間が掛かるというのであれば、あえて本を全て読み終わった、などと説明せずに適当にはぐらかしていたことだろう。
だが、何事にも例外はいるようだ。
資料室にあった本に、先程まで私がやったような読書の仕方によって高速で本を読むことができる人間が、非常に稀ではあるが確認されている、と記載されていたのだ。
私がある程度の強さを持つ者、という事実を知らしめるためにも、今回ははぐらかさずに伝えることにした。
「ああ、読み終わった。世界には、一目見ただけで本の内容を覚えるような者もいるのだろう?どうやら、私もその類だったらしい。あの資料室にある本の内容はすべて覚えたよ」
「えぇ…。あの、ノアさん。本当に冒険者としてはあまり活動しないんですか?貴女なら確実に”一等星《トップスター》”になれると思うんですけど…」
「今のところは、理由が無いからね。ただ、音の出る時計が欲しいから、それが手に入るぐらいには活動をしようと思っているよ」
「お、音の出る時計ですか?確かに高級品ですけど…。ええっと…」
「私は、朝どうしても自分で起きることができないからね。起きる時間を指定して音で知らせてくれれば、とてもありがたいんだ」
真面目に冒険者として活動すれば、最上位の冒険者になれると言ってくれた受付嬢には申し訳ないが、ある程度の強者と認められれば私は十分なのだ。それよりも知りたいことや、やりたいことの方が沢山あるだろう。
「今、何と言っていた…?覚えた?あの資料室の内容を?すべて覚えたと言ったのか…?」
「いくら何でも冗談だろ?どんだけ盛りに盛ってんだよ…」
「だが、エリィちゃんが確実に”一等星”になれるって言ってんだぜ…?マジなんじゃねえか?」
「エリィちゃんが太鼓判を押すぐらいだからな…。くそぅっ!オレもエリィちゃんからそんな風に言われてみてぇ…!」
「こんなとこでダベってたら一生無理だろ。ま、それ言ったら俺達も同類だろうがな」
相変わらずの連中だ。まぁ、アレ等に関しては昨日既に対応を決めている。
無視だ無視。だが、一つだけ良いことが聞けた。私と話をしている受付嬢はエリィという名前らしい。ちゃん付で呼ばれていることから、冒険者達からの人気は高いのだろうな。
「は、はぁ…。が、頑張ってくださいね?えっと、これから、採取に向かうんですか?」
「いや、実はこれから昨日知り合った子供達に、この街を案内してもらうことになっていてね。依頼のために採取に向かうのは、午後からになりそうだよ」
「そうでしたか。納期の期限は十分にありますから、急がなくても大丈夫ですからね?」
そう言ってエリィは私を送り出してくれた。彼女と話をしたことで、多少の時間も潰せたようだ。もしかしたら、もうシンシアの手伝いも終わっているかもしれないな。
“囁き鳥の止まり木亭”に戻るとしよう。