「ふぅ…」
断末魔を上げて霧散していく時間遡行軍を見て息をつく。本丸が襲撃されてから幾許か、徐々に本丸内に押しやられているように感じていると、唸るような悲鳴が聞こえた。
「不動!!!」
「ッ旦那!まずは敵の殲滅だ!」
敵方の打刀が、不動の体を貫いて床に縫いつけた様が視界に映る。長谷部が思わず庇おうと動くが、薬研が諭したのを横目に、その打刀の首を切り落とす。刀を床に突き刺すなんて、うつけのやることなんですよ。
「わり…っゲホッ」
「薬研、僕は不動を移動させてきます。」
「すまん、頼んだ!俺たちは大太刀の旦那方の支援に行く!」
「宗三、手入れ部屋に緊急用の手伝い札が置いてある。」
「……………、頭の隅には置いておきます。」
血溜まりを作っている不動の体を起こし、半ば担ぐようにして踵を返す。背中に掛けられた声に、足が止まりそうになったが、再び足を進めた。
緊急用の手伝い札、最近になって、運営に余裕の出てきた主が作ったものだ。数が無く、片手で足りるくらいしか無かったはず。それを、比較的最近来て、未だ練度の低い不動に使うのは──嗚呼。
「……不動」
「っなんだよ、いまあんま、喋れね…ッ」
「本丸の、主の危機です。僕は、私情を挟む訳にはいきません。」
「、?……ハハッ、ケホ」
「──んな顔しなくても、分かってらぁ。俺ァダメ刀だからな…しぶとく、保たせてやるぜぇ」
背後からは、顔を顰めたくなるような瘴気の気配がする。命の打ち合いの音が聞こえる。不動を比較的安全な場所へ置いたら、戻らなければ。
◇◇◇
「えぇい!!!」
薬研は、天井の梁スレスレまで跳ね上がり、遡行軍の頭をぶっ刺す。そのままの勢いで下へと体重をかければ、遡行軍の体は真っ二つに裂けていった。
「大丈夫か!?」
「薬研さん、助かりました」
「──そぉら!!」
ドゴォン!!とけたたましい音を立てながら襖ごと遡行軍を切り伏せる次郎太刀は、その後柱に刀が突き刺さっていたが、諸共せずに柱から刀を抜く力を利用して遡行軍を二体まとめて峰で打った。
「次郎!あまり本丸に傷を…」
「いや、気にしねぇでくれ。緊急事態だからな」
「ったく、折角兄貴の酌で飲んでたってのに…風情の分からない奴らだねぇ」
峰で打たれた遡行軍は、別の襖を叩き割りながら吹き飛ぶ。普段ならば、歴史に関わる建造物を傷つけるわけにはいかないため、大太刀や太刀、槍や薙刀はその実力を発揮することは出来ない。しかし、ここは本丸で、いくら壊しても歴史改変にはならないとくれば、思い切りの良い次郎太刀を初めとした連中はその実力を遺憾無く発揮できる。
「薬研さん、検非違使共が私たちを室内に追い立て、遡行軍共が室内戦向きの短刀の方たちを外へ外へと追い立てています」
「……なるほどな。状況は理解した。」
「やーげーんー!主は今何してんのさあ。あいつと執務室に篭ってからもう何時間か経つでしょ〜」
次郎太刀は薬研を見咎め、そう言った。
「大将たちは今政府と連絡を取ってるはずだが…確かに遅いな。」
「アタシらがこれ以上室内で戦ってると、そう経たない内にココ、崩れると思うよ」
ふむ、と考える様子を見せた薬研にすかさず付け加えた次郎太刀は、「酒瓶も割れたらどうするのさ」とため息をついた。刹那、次郎太刀のすぐ横を太郎太刀の腕が伸び、ドッッと大きな音が鳴った。
「次郎…報告は結構ですが、気を抜かないようになさい」
「は、はぁ〜い」
片腕で次郎太刀を抱き寄せ、もう片方の腕で七尺(2m)はあろう大太刀を遡行軍の正中に突き刺していた。太郎太刀は振り返って、刀を構えて姿勢を低くしていた薬研に向き直る。
「薬研さん。私たちは何とか室外の戦に切り替えますので、他の方々の支援をお願いします。」
孤立無援の方が居ると思うので。と、太郎太刀は薬研に言い、薬研はそれに頷いた。太郎太刀は本丸の中でも古参に入るし、次郎太刀は初期から本丸を支えていた古株だ。旦那方なら大丈夫だろう、と切り替えた薬研は他の大太刀を索敵しつつアイツらの──粟田口の状況も見よう、と走り出した。
「次郎、行きますよ。」
「まっかせて兄貴!酒と主と本丸の為に、一肌脱いじゃうよ〜!」