第6章『呼ばれる名前と、本当の気持ち』(なおきり視点)
昼前、なおきりはキッチンで一人、昼食の準備をしていた。
誰もいない時間を見計らって、静かに包丁を動かすのはいつもの癖だった。
そこへ。
「なお兄~!」
元気な声とともに、ゆあんくんが駆け寄ってきた。
「なに作ってるの?俺、手伝おっか?」
「いや、大丈夫。けど、そばにいてくれるなら助かるかも」
自然と出た言葉に、ゆあんくんはうれしそうに笑った。
「じゃあ、ここ座るね」
そう言って、カウンターにちょこんと座るゆあんくん。
視界の端に見えるその姿に、なおきりの胸がざわつく。
「……なお兄って、ほんと優しいよね」
ふいに、ゆあんくんがぽつりと言った。
「そっかな」
「うん。俺、なお兄に怒られたことないもん」
「……怒れないんだよ。ゆあんくんには」
それは、ただの年の差だけじゃなく、
その無邪気な笑顔を守りたいと思ってしまうから。
「……なあ、ゆあんくん」
「ん?」
「“なお兄”って、他の人にもそう呼んでる?」
「え?」
きょとんとした顔で見つめてくる。
「呼んでないよ。なお兄は、俺だけのなお兄だもん」
一瞬、時間が止まったような気がした。
ゆあんくんは、無邪気なまま笑っている。
でも、なおきりの心は、もう静かではいられなかった。