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――そう、メリット。
彼が提案した、それは。
『航平は人の女が好きだよ』
『だから君にとっても悪い話じゃないと思う』
そんな、内容だったわけで。
「あ。 じゃねぇぞ、天野さん。あいつは今でさえ売れてイケメンだの人気ミュージシャンだの言われてるけど、根はただの女好きのしょうもねぇ奴だぞ。俺が言うのもなんだが」
「……あ、はい。 そうみたいですね」
肩をガシッと掴まれて軽く前後に揺さぶられる。
「あ、はい。 そうみたいですね。 じゃないんだよ天野さん。いいのか? あんた下手すりゃ毎日浮気されるぞ? 」
「ま、毎日って、そんな」
まさか暇なんですか、あの人? とは言い返せない雰囲気だ。
眉間にしわを寄せ、ジッと間近で見つめられ。 航平の黒い瞳の中に、柚の姿が見える。
近すぎる。
こんなの正直頭が回らない。
心配をしてくれている。
という事実だけがストン、と心に届き暖かくなって。
「て、店長、あの、それなんですが」
口が緩んでしまいそうなのを我慢しながら声を絞り出すのと、ほぼ同時。
それは昨日の繰り返しのように。
カラン、と店の入り口から開かれ、聞こえる鈴の音。
「あ、やっぱり、まだいたんだ」
当たり前のように自然な空気を醸し出し、扉を開けた、その人物が顔を出す。
「え!? え、あれ、優陽さん、当分忙しいんじゃ……!?」
目が合うと、彼は身につけていたサングラスとマスクを取って、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、うん、まあ。 そうなんだけとちょっと色々あってね」
強風で乱れた髪をかき上げながら店の奥へと進んでくる優陽。
オーバーサイズの黒いパーカー。 そしてジーンズ生地のスキニーとスニーカー。
例えば柚が着てみても、何の特徴も放たない、言わば無難な服装。
それなのに。
ひとつひとつの動作が、いちいち色気を放つのは……やっぱり人気者なだけあるというか。
「あと、ほら今日天気も悪いし。君の家駅から遠いでしょ? 心配だから、来ちゃった」
「え……?」
ニコニコと微笑み続けながら、柚と航平が作業するキッチンの前……カウンターにやってきてドサっと、笑顔とは裏腹。
気怠そうに席に着いたのだ。