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私はバルコニーに出て、眼下に広がる夜景を見つめていた。青蓮寺さんの家から見る夜景は月並みだけど、綺麗だった。さすが高層マンション。


それに少し強めの風が気持ちいい。

空に浮かぶ白い月は真珠みたいで美しい。


「綺麗な月……」


夕食も終わり、お風呂にも入り。あとはもう寝るだけ。寝て起きたら明日は、青蓮寺さんが犬養の家にカチコミをするという日だった。

犬養に仕込んだGPSはバッチリ機能して、反応を追っていくと山の麓に近い場所で反応は留まった。そこを地図アプリで調べてみると、庭付きの一軒家があった。周りは田畑や空き地が目立ち。

ポツポツと一軒家が並ぶ、限界集落と言うような言葉がぴったりな場所だと思った。


さらに、青蓮寺さんが先に仕込んでいた犬養粧子のGPSの位置とも重なり。バカ犬養夫妻の本拠地とも言える、家の絞り込みは成功していた。


私もどんな家なのかと、航空写真で見てみると。一軒家と同じぐらい、大きな庭があり。

どうやら、真ん中に何かポールのような何か棒があるのが分かった。


それを見た瞬間。ひょっとして私が夢で見たあの、庭では無いかと思ってしまった。


妙な胸のざわつきを覚えたものの。

ここに来てからの規則正しい生活のお陰か、体調もメンタル的な部分でも安定していて。

酷く動揺するとこはなかった。

しかし、黒助が死んでしまったことは今でも心にぽっかりと穴が開いたようだったし。

自分が自殺しようとしていたのは、忘れようとしても忘れられない。

拭い切れない背徳感があった。

あとは……犬養夫妻を呪って、何かしらの罰を希望しているという、心への重みもあった。


それも含めて全てしっかりと受け止めていた。


ただ、その結末をこの目で見たいと少し考えるようになっていた。


「いや、でも。見ない方が……けど。私が見たあの庭の夢は。もしかして黒助が私を呼んでいるとか……」


うぅんと、なんともいえない迷いを夜風に紛らわして、視線を遠くにやって。街のキラキラした明かりを見つめる。


明日、青蓮寺さんは犬養の家に行って狗神を祀っている箪笥か軒下の壺を壊して、呪いを断ち切り。呪いを二人にもたらす。

それはきっと達成出来ると信じている。


どんな呪いかは私には知らないけど、二人が今までやって来たことを後悔するようなものであればいい。


ことの顛末はきっと青蓮寺さんが、教えてくれるだろう。


私が行ったとしたら、足でまといになる可能性が高いだろう。

直接呪いを自分の目で見ない方が、良いかも知れない。


夢で見た庭がバカ犬養夫妻の庭だったとしても、それを確かめたところで何になると、青蓮寺さんに言われたら返す言葉が見つからない。


でも、それでも、と言う気持ちがあった。


「……迷う。どうしたらいいのかな。どっちにしろ明日で、全部終わる。そのあとは私が青蓮寺さんに魂を差し出すだけか」


それはいつ差し出すことになるのだろうか。

まだ修行や胸に刺青を掘るとか、そんな話は一切していない。私はこれからと──思っていると。


カラッとバルコニーの引き戸が開く音がした。


振り返ると。藍色の縞模様の浴衣を着た青蓮寺さんが、ガシガシと頭をタオルで拭きながら。バルコニー専用のサンダルを履いて私の隣に立った。


お風呂上がりなのだろう。風に紛れてふわりと私と同じシャンプーの香りがした。


「あれ。今日は仕事に行かないんですか?」


「うん。明日に備えて今日はお休み。ここのところ色々と準備しまくっていたから、今日は骨休みやな」


「明日、いよいよですね」


「そやな。こんな特殊なことサクッと終えて通常業務にはよ、戻りたいわ」


特に緊張した様子もなく。

いつも通りの青蓮寺さんに、このまま明日のことを少し詳しく聞いてみようと思った。


「明日、何時ごろ出掛けるんですか?」


青蓮寺さんはゆったりとバルコニーの手すりに、重心を掛けて。まだ濡れている青い髪を揺らした。

ふと、その姿に初めて出会った。廃ビルの屋上での姿とダブった。


「明日は十七時に粧子にホテルに来いって行ってるから、十七時には犬養の家に到着していたい。用意もあるから、早めやけど昼過ぎには家を出る」


「えーと。そうそう。朝ご飯はいつも通りでいいですか?」


「あぁ、いつも通りでえぇ。帰りはひょとしたら、後処理が長引くかも知れんけど。終わったら連絡ぐらい入れる。って、ズバリ本当に聞きたいことがあればどうぞ?」


ふっと笑われてしまい、苦笑しながら口を開いた。


「あ……実は。私も行ってみたいなと思っていて。でも、足手まといになるんじゃないか、とか。呪いを直接見ない方がいいんじゃないかとも、思っていて……でも。呪いの結末を見届けたい気持ちがあるんです」


夜風に言葉が流されない程度には、はっきりと青蓮寺さんに伝えてみると。

「そやなぁ。普通、呪いを掛けるところは依頼者に見せることはせぇへんしな。丑の刻参りじゃ無いけど、呪いを掛けているところは企業秘密。足でまといに関しては、自分の身を自分で守れるなら着いて来たらええかと思うけど。ららちゃん、僕がいきなり、今から急に組み敷いたら振りほどける自信ある?」


私の言葉は軽く流されるように。

夜風の冷たさのように、少し冷たさを感じる青蓮寺さんの言葉が返ってきた。


やっぱりなと、思いながら「そんな自信ないです」と正直答えた。


「じゃ、家で居てる方が正解やな。呪いを見届けたい気持ちは分かるけど、今回は狗神の呪いを利用させて貰うから、きっとエグいことになると思うし。簡単に死なれへんようなことが、起きると思う」


エグいこと。それを何でもないように言う素振りの方が言葉に迫力があって。思わずこくりと生唾を飲み込む。


「それを見てららちゃんが、どうかしてしまったら流石に面倒くさい」


「そうですよ、ね」


としか言えなかった。

その後は『分かりました』『おやすみなさい』が最適だろう。

そしてこのまま会話を終えるのが、ベストかと感じたけど。

もう少しだけ会話を続ける事にした。


「私、何から何まで、青蓮寺さんに頼りぱっなしですね。もどかしい気持ちが払拭出来ないんです」


「それは気にせんでえぇよ。今回のは異例中の異例。まさか犬の霊に導かれて、廃ビルに行くとららちゃんに出会って。呪いを請け負う代金の代わりに魂を貰うことにもなって。相手を調べてみると、なんとまぁ。呪う相手はタチの悪い狗神使い。そんな相手に中途半端に手を出す方が、こっちがヤケドするしな」


だから、気にするなと再度言ってから。


「出費や手間が幾ら掛かろうと、犬養は潰すと僕が決めているから。その辺は問題ない。前に言うたやろ。僕の流派からしてもムカつくねん。同族嫌悪的な……僕のご先祖様に対するコンプレックスと言うか、何と言うか。僕には僕なりの理由があるって、ことにしていて」


青蓮寺さんの後半の言葉は私に向けられたものではなく、まるで自身に言い聞かせるかのような口調だった。

そして、長い髪先に伝う雫をきゅっとタオルで拭きとってから。


「だから、大人しく素直に待っとき」


と、言われてしまったのだった。


緩く釘を刺されたと思った。

大人しく待っているだけで全てが終わる。青蓮寺さんが正しい。


だから「はい」と言う言葉が胸に浮かんで。

口をあけた次の瞬間には。


「素直じゃないので、待ちません」


と。全く別の言葉を言ってしまっていた。


え? と、マジマジと見つめてくる青蓮寺さんに怯んでしまいそうになるけど、じっと見つめ返した。


「すみません。全部の話を聞いた上で青蓮寺さんの言う通り。家で待っていると言うのが、正しいんだと思います。でも、今話していて心が決まりました。そう──私。正しい道からもう外れてしまっている。一度。死を覚悟して。まだ生きているんです。それは犬養の呪いで死を選びたくなったのか、私の心が弱かったのか。それはもう、私には判断が付きません。でも、私がここに居る理由は、全て『呪い』の為です。はっきりと言うと黒助の復讐です。だから呪った相手がどうなるかは、やっぱり見届けたい」


「だから、着いて行きたいってことか?」


夜を纏った青蓮寺さんは、とても迫力がある。

でも最後まで気持ちを言いたい。


「はい。着いて行きたいです。確かに私は自分の身を守ることも出来ないかも知れない。けど、ええっと。事前にアイスピックとかバットとかあれば、自分の身を守るならば。青蓮寺さん相手でも、迷うことなく頑張ってボコボコにします」


「ボコボコとか、真剣に言われると怖いな」


「青蓮寺さんがやれと言うのなら、私はこの手で犬養をグチャグチャにします」


「さらに怖い」


「あと、ほら。私を連れて行ったら役立つことがあると思います。青蓮寺さんが家に突入した後、私が犬養の家を見張っているとか。万が一、粧子が家に帰ってきたら防犯ベルで帰って来たと、合図を出せます。それに、そうだ。私、運転出来るから、最悪車ごと家に突っ込むとか──」


そこまで言うと青蓮寺さんは「もう、分かった」と、苦笑した。


「置いていったら、勝手に着いて来そうやしな。その方が面倒臭いわ」


「じゃ、じゃあ」


「着いておいで。けど、現場では僕の指示を必ず聞くと言うこと、それから……これ以上はここで喋ると流石に体が冷えるな。中で話そ。お茶淹れてくれる?」


苦笑の表情から、ほんの少し柔らかくなった青蓮寺さんの表情にほっとした。


「はい! ありがとうございますっ! 絶対に邪魔はしませんからっ」


お茶を淹れる為にたたっと、バルコニーを離れて家の中に入る。

すると私の背後で青蓮寺さんが。


「そんなにはしゃぐなんて、まるで、明日デートみたいやな」と、言う声をきいてしまった。


別にデートなんかじゃない。明日は犬養の家に呪いを掛けに行くのに、同行が叶っただけ。色気の欠片もない。むしろ、他人から見ると眉を顰められる事だろう。

けど、それがどうした。これは私なりの正しさだ。だからちゃんと見届ける。


しかし、デート。

青蓮寺さんとデートなんか想像出来ない、案外楽しいかも知れないし。はたまた素っ気ないかもとか。


色々と思ったけど、良い言葉が浮かばなくて。

青蓮寺さんの声は夜風に紛れてしまい、聞こえなかったことにしようと思って。


振り返ることなく、キッチンに向かったのだった。


それから、ほうじ茶を飲みながら簡単な明日へのミーティングが始まった。


青蓮寺さんは既に犬養家の間取り図を手に入れていて、一番広い広間の和室の部屋。

その部屋に狗神が祀っている、箪笥があると当たりを付けていた。

その理由として、大事なものは家に入れておくに決まっている。大事な壺を外に置いていて安心なんか出来ない。


だから、狗神を祀っているのは箪笥。


そして祀る箪笥はそれなりに豪華なモノ。

周りに御神酒や榊とか置くはず。ならば、一軒家で一番広い部屋が適している。


それに幾ら呪術師としても呪いと一緒に寝たいと思わないだろうから、寝室は避けるはず。


──と言う、説明を聞いてなるほどと思った。


私は同行を許されたが、犬養の家が見える場所から車の中で待機。

全て無事に終わったら、庭に行ってもいいと言われた。

万が一。粧子が帰って来たら、私が青蓮寺さんのスマホを鳴らすこと。

そして、青蓮寺さんがピンチの場合は青蓮寺さんが大音量の防犯ブザーを鳴らす。

けど、私は絶対に犬養の家には踏み込まない。

警察に連絡だけして、車で一目散にその場から逃げると、言うことをしっかりと約束させられた。


青蓮寺さんは複数のスマホを使い分けているようで、青蓮寺さんから一台のスマホを預かり。

スマホの簡単な説明を受けて、お茶を飲み干したところで二十四時前。


続きは明日の朝。いつも通りに朝ご飯を一緒に食べながら、または道中でと言うことでお開きになった。


そして私は寝る前に、チャチャッと。

青蓮寺さんから貰ったピアスを事前に買っていた、革紐とビーズを組み合わせて。

ブレスレットを作ってみた。


焦茶の紐にトルコ石のビーズパーツ。その真ん中にピアスを配置した。


所詮素人の作りもの。店で売られているものとは劣るけど、出来上がりには満足で。黒助にもこう言ったものを作ってあげたかったと思いながら。


「明日、会いに行くよ。遅くなってごめんね」


言葉に出すと切なかった。

しかし涙は流さなかった。


早速出来上がったブレスレットを身につけて、就寝するとすぐに心地よい眠りは訪れた。

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