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城プル
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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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FORSAKENの神殿では、毎日のように行われる恒例行事がある。
それは、支配者スペクターによる愛猫Mowlのブラッシング。
誰よりも美しい毛並みを保つため。
……という建前であり、実際はスペクター様が思う存分モフモフを堪能するための、至福の時間でもあった。
「今日は一段とフワフワだねぇ。」
スペクターは上機嫌で笑いながら、金属製のスリッカーブラシを手に取った。
「奥の抜け毛まで綺麗にしよう!」
ガリッ。
ガリガリッ。
ガリガリガリッ!
「……っ!」
Mowlの耳がぴくりと震える。
毛先だけではなく、皮膚ごと引っ張られるような刺激。
毛根がじわりと悲鳴を上げた。
「スペクター様……。」
低い声で、静かに忠告する。
「もう少々、お力加減を……。」
「大丈夫大丈夫! まだまだいけるよ!」
ガリガリガリガリッ!
「……。」
ぴく。
ぴくぴく。
黒ハチワレの耳が小刻みに震えた。
アズールが小声で囁く。
「……止めた方がいいんじゃないかな。」
ノスフェラトゥも頷く。
「今の耳、危険信号だ。」
しかしスペクターは気付かない。
「今日はいっぱい抜けるね!」
ガリッ!!
その瞬間だった。
ぷつん。
何かが切れた。
「シャアアアアアアアアアアッ!!」
神殿中に轟く、凄まじい威嚇。
Mowlの全身の毛並みが、
ぶわっ!!
と一斉に逆立つ。
ふわふわだった毛並みは、まるでハリネズミ。
いや。
巨大なウニそのものだった。
胸の黄色いリボンはトゲの中へ埋もれ、
茶色のマントは逆立った毛に押し上げられ、
丸かったシルエットは完全な防御形態へ変貌する。
耳は後ろへぴたり。
瞳孔は細く。
口元から覗く鋭い牙。
「……これ以上。」
低く唸る。
「私めの毛根を痛めるのでしたら。」
一歩前へ。
「たとえスペクター様でも。」
爪がシャキンと伸びる。
「容赦はいたしません。」
「シャアッ!!」
バシィッ!!
空を切る高速猫パンチ。
紳士の姿はどこにもない。
そこにいたのは、
完全武装した怒れる猫だった。
「ひぃっ!」
アズールが触手を逆立てる。
「Mowl殿が本気で怒ってる!」
「初めて見た……。」
ノスフェラトゥも青ざめる。
「これは本当にまずい。」
神殿で最も忠実な配下。
そのMowlが敵意を見せている。
誰もが最悪の展開を覚悟した。
しかし。
ただ一人だけ。
様子がおかしい人物がいた。
「…………。」
スペクターは固まっていた。
数秒後。
「~~~~~~~~っ!!」
顔が一気に崩壊する。
「ぎゃわいいぃぃぃっっ!!」
「えっ。」
「怒ってる!!」
「イカ耳!!」
「牙出してる!!」
「毛が全部トゲトゲ!!」
「世界一可愛い威嚇だよ!!」
目が完全にハートになっていた。
「Mowlが怒ってるーーー!!」
「レア!!」
「超レア!!」
「可愛いーーー!!」
「シャアアッ!!」
バシッ!!
「いたっ!」
頬を引っかかれる。
だが。
「今の猫パンチ最高!!」
さらに笑顔になる。
「爪まで立ててる!」
「怒ってるのに可愛い!」
「もう一回やって!」
「シャアッ!!」
「ありがとう!!」
アズールが頭を抱えた。
「なんで喜んでるんですか!」
ノスフェラトゥも呆れる。
「怒られて喜ぶ人、初めて見た。」
Mowlは完全に呆れ果てた。
「……。」
ぷいっ。
くるりと背を向ける。
そのまま神殿の隅まで歩いていき、
壁へ向かって丸くなる。
トゲトゲのまま。
完全無視。
完全ストライキ。
背中から漂う空気は、
『話しかけるな』
その一言だった。
「……。」
スペクターの笑顔が止まる。
「Mowl?」
返事なし。
「……怒っちゃった。」
肩が落ちる。
「どうしよう。」
アズールを見る。
「僕、嫌われちゃったかな。」
「だから言ったじゃないですか!」
「力加減ですよ!」
「まず謝ってください!」
「あと機嫌が直る物を。」
「機嫌が直る物……。」
スペクターは考えた。
一秒。
二秒。
「……ササミだ。」
立ち上がる。
「ササミしかない!」
次元の裂け目を開き、
全速力で宝物庫へ飛び込んでいった。
数分後。
神殿に戻ってきたスペクターは、
金色の巨大な宝箱を抱えていた。
壁へ向かったままのMowlの横へ静かに膝をつく。
「Mowl。」
優しく声を掛ける。
「ごめんね。」
「痛かったよね。」
「僕が悪かった。」
静かに宝箱を開く。
ぱかり。
中いっぱいに詰まっていたのは、
宝石でも黄金でもない。
最高級アラスカ産ササミ。
金箔仕立て。
百パック。
香ばしい香りがふわりと広がる。
「全部あげる。」
「僕のササミコレクション。」
「全部。」
「許してくれないかな。」
「…………。」
沈黙。
やがて。
イカ耳がぴくり。
鼻がひくひく。
トゲトゲだった毛が、
少しだけ寝る。
「……。」
さらに匂いを嗅ぐ。
「……スペクター様。」
低い声。
「私めは。」
一歩。
「食べ物程度で。」
もう一歩。
「買収されるような。」
さらに一歩。
「安い猫では。」
トゲが半分消える。
「ございません。」
前脚が宝箱へ伸びた。
一パック。
そっと掴む。
ぺりっ。
開封。
ぱくっ。
「…………。」
もぐ。
もぐもぐ。
「…………。」
もう一口。
「…………。」
三口目。
「…………。」
毛並みが完全に元へ戻る。
ふわっ。
モフモフ復活。
耳も立つ。
「……しかし。」
口元についたササミを舐めながら、
静かに咳払い。
「ここまで誠意を見せていただいた以上。」
もう一パック開封。
「臣下として。」
ぱく。
「無下にはできません。」
もぐもぐ。
「今回は。」
さらに一口。
「特別に。」
ぺろ。
「お許しいたします。」
「やったーーーーっ!!」
スペクターは飛び上がった。
だが今度は慎重だった。
指先で、
本当に羽が触れるくらいの力加減で、
そっと。
ふわり。
Mowlの顎を撫でる。
「これからは優しくする。」
「約束。」
Mowlは目を細める。
「……そのお言葉。」
喉を鳴らしながら。
「どうか。」
ゴロゴロゴロ……。
「お忘れなきよう。」
その喉音を聞いた瞬間。
スペクターは胸を押さえて悶絶した。
「許してくれたうえにゴロゴロまで……!」
「今日は世界で一番幸せだ……!」
こうして神殿史上もっとも激しいブラッシング・ストライキは、最高級ササミ百パックと誠心誠意の謝罪によって無事終結した。
なお翌日からスペクターは、ブラシを握る前に必ずMowlへ、
「今日はこのくらいの力で大丈夫?」
と確認するようになり、
Mowlも満足そうに胸の黄色いリボンを整えながら、
「……そのくらいなら合格にございます。」
と、重厚な低音ボイスで許可を出すのが、新たな日課となった。