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# 綺麗 に 腐った 罰
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「まだかな……」
ひゅぅ、と冷たい風が首筋を抜けて、俺は思わず上着の襟を合わせた。
彼奴から誘ったくせに遅れるのかよ。
俺といるまの大学には一週間の「秋休み」があった。
その日にちがたまたま二日だけ被っている。それを知ったいるまが、その日に行く、とだけ連絡をよこしてきた。
そして、今日がその日だ。待ち合わせは俺の最寄り駅に10時。
今の時刻は、10時半。
「来たら絶対、文句言ってやる。」
そう呟いた直後、改札の方からバタバタと激しい足音が近づいてきた。
息を荒くして、肩を大きく上下させているアイツ。
「はぁ、っ……ごめん、なつ……! 待たせた!」
必死に走ってきたのか、いるまの顔は少し赤くて、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
遅れてきたことに怒るつもりだったのに、アイツのその姿を見た瞬間、胸の奥がじわっと熱くなって、用意していたはずの文句は全部喉の奥に引っ込んでしまった。
「……遅い。寒かったんだけど」
なるべくいつも通りのぶっきらぼうな声を装って、俺は少しだけ顔を背けた。
だけど、いるまは「わりぃ」と小さく笑うと、自販機で買ってきたばかりの温かい缶コーヒーを、俺の頬にピトッと押しあててきた。
「ほら、これ。お詫び」
肌寒い秋の空気の中で、頬に触れたアイツの優しさが、じんわりと身体の芯まで染み渡っていく。
やっぱり、俺この温もりがずっと、ずっと、ずうっと、恋しかったんだ。
「今日はどこに行くの?」
「俺ん家。」
「いいの?」
「うん、お前なら別に。」
いるまの顔を見ると、どうしてもあの夏のキスを思い出してしまって、顔が赤くなる。
これは寒さのせい、と心の中でつぶやいて、コーヒーを飲みほす。
「……わ、あったかい……」
「ん、それならよかった。」
「うん、ありがとう。」
「いいよ、待たせたのこっちだし、」
「どうして遅れたの?」
「ちょっと都会だから迷っちゃって」
「そっか」
「なつも方向音痴なのによく都会で生きてられるな」
「まぁね、」
そう言って笑うと、いるまは「じゃ、行くか」と俺の歩調に合わせて歩き出した。駅から俺の家までの道のりは、なんてことのない普通の住宅街だ。
だけど、隣にいるまが並んで歩いているだけで、いつも見ている退屈な景色が少しだけ違って見えるから不思議だった。
「……なぁ、なつ」
「ん? なに?」
「お前、本当にちゃんと自炊とかしてんの? 飯、適当に済ませてねぇだろうな」
少し前を歩くいるまが、振り返らずにぶっきらぼうな声を出す。
耳のあたりが少しだけ赤いのは、きっとさっきまで走っていたせいか、それとも冷たい秋の風のせいだろうか。
「失礼だな。ちゃんと作ってるよ、たまにだけど」
「たまにかよ。……まぁ、今日くらいは俺がなんか作ってやってもいいけど」
「本当? やった、いるまのご飯久しぶり!」
俺が思わず声を弾ませると、いるまは「しょうがねぇな」と嬉しそうに口元を緩めた。
そんな他愛のない会話をしているうちに、俺の住むアパートの前に到着した。
階段を上り、自分の部屋のドアの前に立つ。ポケットから鍵を取り出して、カチャリと音を立てて鍵を開けた。
「はい、どうぞ。狭いけど入って」
ドアを開けて、いるまを先に招き入れる。一歩足を踏み入れたいるまが、珍しそうに俺の部屋を見渡した。
「お邪魔します。……へぇ、思ったより片付いてんじゃん」
「でしょ? いるまが来るから昨日頑張って片付けたんだよ」
そう言いながら、俺は靴を脱いで部屋に上がる。
外の寒さから解放された安堵感と同時に、ドアが閉まった瞬間、この空間に「男二人きり」になったのだという事実が、急に現実味を帯びて胸に迫ってきた。
いつも通りの幼馴染の距離感のはずなのに、どうしてもあの夏の日、花火の下で重なった唇の感触が脳裏をよぎってしまう。
「……なつ? どうした、中入んないの?」
振り返ったいるまのまっすぐな瞳と視線がぶつかって、俺の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。
「入るよ、大丈夫」
「ここで座って待ってて」
いるまをソファーに座らせ、俺はお茶の準備をする。
なるべく平常心、平常心。大丈夫、ただ家で遊ぶだけだろ。
彼奴はあのキスのことどう思ってんだろ_____ってダメダメ!考えないようにしないと。
赤くなった顔を通常に戻すためゆっくり深呼吸をする。
コップを二つ盆に乗せて、リビングへと戻る。
ソファーに座っていたいるまは、珍しそうに壁のポスターや本棚を眺めていた。
けれど、俺が近づくと視線をこちらに戻した。
「ほら、お茶」
「おう、サンキュ」
テーブルにお茶を置き、俺はその隣――じゃなくて、少しだけ間をあけてソファーの端に腰を下ろした。
一口、温かいお茶を口に含む。
喉を通る熱が、少しだけ緊張をほぐしてくれる気がした。
最初は、「大学の授業はどうだ」とか「一人暮らしには慣れたか」とか、なんてことのない世間話をしていた。
いるまは相変わらずぶっきらぼうで、でも俺の話をちゃんと頷きながら聞いてくれる。
だけど、会話が一巡すると、ふっと部屋の中に静寂が訪れた。
……やばい、静かすぎる
エアコンの送風音がやけに大きく聞こえる。
横目にチラッと見ると、いるまもお茶の入ったコップを両手で捏ねるように弄していて、視線があちこちに泳いでいるのが分かった。
いつもの幼馴染なら、こんな沈黙なんていくらでも気楽に過ごせるはずなのに。
今の俺たちの間には、目に見えない何かがピンと張り詰めている。
やっぱり、アイツも意識してんのかな。
あの夏の日、花火の音にかき消されるみたいにして重なった、あの唇の感触。
訊きたい。「なんであの時、あんなことしたの?」って。
でも、もし「ただのノリだよ」なんて言われたら、俺はもう今まで通りアイツの隣にいられなくなってしまうかもしれない。
ぎゅっと膝の上のズボンを握りしめた、その時だった。
「……なぁ、なつ」
静寂を破って、いるまがぽつりと呟いた。
「ん? なに?」
努めて明るい声を返して顔を上げると、まっすぐ俺を見つめるいるまの瞳と視線がぶつかった。
アイツの耳の頭が、さっきよりもずっと赤くなっている。
「……夏休み、さ」
いるまは喉を鳴らして、少し言葉を詰まらせてから、低い声で続けた。
「……あの花火大会のあとのこと、覚えてるか?」
ドクン、と胸が跳ねた。
忘れるわけがない。
あの夜、夜空を覆いつくす花火の音に紛れて、俺の唇に触れたアイツの温度。
夢だったんじゃないかと何度も疑って、でも確かめるのが怖くて胸の奥に閉じ込めていた記憶。
「……覚えてる、よ」
絞り出すような声でそう返すと、いるまは大きく息を吐き出して、前髪をくしゃっとかき揚げた。
いつもは大人ぶって余裕そうにしているアイツが、今は分かりやすく動揺している。
「あの時さ……ノリとか、雰囲気に流されたわけじゃねぇから」
「え……?」
「俺、あの時から――いや、本当はもっと前から、」
いるまは膝の上に置いた自分の手をぎゅっと握りしめると、逃げることなく俺の目をまっすぐに見つめ返してきた。
その瞳の奥には、いつになく真剣な光が宿っている。
「ずっと、なつのことが好きだった。幼馴染としてじゃなくて、男として」
頭の中が真っ白になる。
エアコンの送風音も、秋の冷たい風の音も、全部が遠のいていって、自分の心臓がうるさいくらいに打ち鳴らす音だけが耳の奥で響いていた。
夢じゃない。
いるまが、俺を好きだって言ってくれた。
「俺さ、大学離れて離れ離れになって、初めて気づいたんだよ。」
「……っ」
「お前が隣にいないのが、どんだけ寂しいか。他の奴とお前が仲良くしてんの想像するだけで、頭おかしくなりそうだった」
「いるま……」
「……勝手にキスして、困らせてごめん。でも、嘘つけなかった。」
「…っ」
「俺、お前の『ただの幼馴染』でいるの、もう無理だ」
いるまの声が、少しだけ震えている。
ぶっきらぼうで、強がりで、でも俺の前ではいつも優しかったアイツが、必死に自分の好意を伝えてくれている。
俺の胸の奥から、あたたかい何かが溢れ出していった。
ずっと「親友」という言葉の裏に隠して、届かないと諦めていた気持ち。俺だって、ずっとずっと――。
「……ずるいよ」
ぽつりと漏らすと、いるまがビクッと肩を揺らした。
「ずるいのは、いるまじゃん……。俺だって、離れてる間ずっと考えてたのに。今日来るって決まった時から、嬉しくてずっとドキドキしてたのに……っ」
視界がじわっと熱くなって、視線が潤んでいく。
俺はソファーの端から少しだけ身体を寄せて、伸ばした手しているまの服の裾をキュッと掴んだ。
「俺も……ずっと、いるまが好きだった」
言えた。ずっと言いたくて、でも怖くて言えなかった言葉。
俺が言い終わるか終わらないかのうちに、ぐいっと強い力で腕を引かれた。
気づいたときには、俺の身体んでいるまの胸の中にすっぽりと収まっていた。
「……まじで?」
耳元で、少し掠れたいるまの声が聞こえる。
背中に回されたアイツの手が、壊れ物を扱うみたいに優しく、でも離さないと言わんばかりに力強く俺を抱きしめていた。
「嘘つかないし……っ」
「……よかった。……ほんと、よかった……」
安堵したような深い溜息が、俺の首元にかかる。
抱きしめ返すと、いるまの身体が小さく震えているのが伝わってきた。アイツも、俺と同じくらい怖かったんだ。
少しだけ身体を離すと、いるまの顔がすぐ近くにあった。
耳の先まで真っ赤にしたアイツが、愛おしそうに俺の頬に手を添える。
「なつ」
「ん……」
「これからは、暇さえあれば遊びに来るからな」
「……うん。よろしくね、いるま」
俺がそう答えると、いるまは今日一番の柔らかい笑顔を浮かべた。
そして、あの夏の日よりもずっと優しく、でも確かめるように、ふたりの唇が重なった。
コメント
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うわあ、良かった……! 第1話で花火の下のキスを思い出して終わった流れが、第2話できちんと回収されたのが嬉しい。待ち合わせに遅れているるまが缶コーヒーを頬に押し当てる仕草、あれだけで「こいつ、なつのこと大事に思ってるんだな」って伝わってきた。それに、なつの「俺だってずっと好きだった」って言葉、涙腺にきたよ。幼馴染から恋人へ、この距離の縮め方が本当に丁寧で素敵だった。続き、絶対読みたいです!