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「ああ、まだフラフラする」
バックはうなだれていた。
釣り人に吊り上げられる魚の気持ちを理解する日がくるとはモブとして生きてきたこの身には衝撃的な出来事だった。
「あの連れ帰ってきたモブ宇宙人は気持ちよく寝てるよ」
セイは穏やかな口調で言った。
「目覚めるのか?」
「ああ、近いうちに意識を取り戻すと思う」
よかったと思う反面、自分の世界がなくなっていると知ったら彼はどう思うのだろう。
そんな事をふと考えた。
「そうか。ならいい」
「今日はご苦労だったね」
「部屋を用意したから休んでくれていいよ」
「部屋か…」
「あら、気が利くじゃない」
吊り上げられたとは思えないほど陽気な口調でミナは言った。
一方のヴェインはというと、顔面が水浸しになっていた。
「なんで泣いてるんだよ」
バックは素朴な疑問を投げかけた。
「だって、俺チンピラキャラじゃん…しかも不気味系とか、わけわからん属性もつけられてるからさ。うふっ!」
「ああ、そうらしいな」
「だから嬉しくって!」
モブキャラである俺たちには細かい設定はない。
「うわぁ~身につまされる」
どんな人生を送り、どんな家に住み、家族構成などは謎のまま終わる事なんてよくある話だ。
そう思っただけでヴェインの心のうちが伝わってくる。
「お前らは自分の部屋とかあったのか?ウフッ!」
「私は部屋の前を通り過ぎる冒険者を眺める町娘設定があったからね」
「うん?俺は…」
そもそも貴族設定だしな。うろつく魔法学院の施設はどこも豪華で過ごしやすかった。
「部屋とか考えた事ねえな」
真顔で言い返したバック。
「お前らとは一生通じ合えそうにない!うふっ!」
ヴェインの心の声がメインルームに響き渡った。
ひとしきりのコントのような会話を終えて、あてがわれた部屋へ向かったバック。
だが、飛び込んできた空間に思わず絶句した。
「なんだ、このヘンテコな部屋は…」
昔、創造主様が残したとされる書物にあった東の国の伝統的な畳。障子や襖が敷き詰められていた。
壁にはバックは見たこともないような縦長の絵が飾られている。
たしか、掛け軸といったか?
そこには背中を向けて振り返る白装束の黒髪の女が描かれている。
なぜかそれを見つめているだけで背中がゾクゾクとする。
何より用意された寝床は布団を二枚ほど重ねられただけの仕様だ。
「こんな薄っぺらいベッドでどうやって寝ろっていうんだ?」
今からでもセイに言って部屋を変えてもらおうかとも思った。
だが、ヴェインのように部屋があるだけで泣く奴もいる。バックは小さなため息をついた。
「文句は言えないか…」
そういえば、ヴェインとミナはどんな部屋なんだ?
俺と同じなのか?
正直、まだ寝る気にはなれない。
「ちょと覗いてみるか…」
ミナの部屋に向かう最中の廊下は青白い光が永遠と続いていた。温かみの感じられないその空間はなんとなく寂しい。
並ぶ小さな小窓からは底なしの海がどこまでも続いていて、自分が物語の外にいる事を改めて感じた。
漂う船の合間には不純物のように無数の物語という名の世界が丸い結晶体となって浮かんでいた。
幸い、崩壊を免れた物語たちだ。だが、明日は分からない。
もう、見る影すらなくなった自分の世界と同じようにあの綺麗な球体たちが形を保てているのかはバックには分からない。
「主人公の力か…」
覚悟したはずだが、モブキャラとして誕生し、モブキャラとして終わるはずだった俺にはやはり荷が重いとここに来てネガティブな言葉ばかりが頭をよぎる。
「ダメだ!」
バックは必死に首を振った。こんな冷たい場所にいるから余計な考えが溢れてくるのだ。
確か、ミナの部屋はこの角を曲がった先だ。その扉はバックにあてがわれた部屋と同等の質素な作りの鉄の板だった。
「ミナ。いるか?」
バックは意識的に明るい声を出した。