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朝、教室に入った瞬間。空気に、ざらついた違和感が混じっていた。
誰も私を見ないのに、全員が「何か」を隠している気配。
机に着くと、足元に紙切れが落ちていた。
拾い上げ、裏返す。
《茅野美羽》
その名前を見た瞬間、指先から血の気が引いた。
(……誰?)
違う。知ってる。
忘れたかっただけだ。
⸻
(なんで今、あの子の名前が出てくるの?)
彼女は、私が最初に“沈めた”子。
瀬川玲那よりもずっと前。
私はあのとき、まだ“空気”を知らず、感情の扱いにも慣れていなかった。
無邪気に、無意識に、でも確かに彼女を壊した。
話を聞かないふり、笑い声で塗りつぶす日々。
「私、最近ちょっと苦しくて……」と告げたあの日の放課後。
私はただ、うなずくだけだった。
(あれは、ただの、関わりたくなかっただけ)
そう言い聞かせたくても、胸の奥がうずく。
⸻
昼休み、スマホが震えた。
《西園寺》
《結惟ちゃんはやっぱり、ずっと昔から“空気”の扱いが上手だったんだね》
返信を打つ指が止まる。
すぐに、追加のメッセージが届く。
《茅野美羽。君が最初に“選んだ”人》
《あの子のこと、君はもう忘れたフリしてるけど、ちゃんと記録は残ってるよ》
記録?
一体、何を知ってるの?
画面を閉じようとして、また通知が飛び込む。
《泣いてたんだ、最後の日。
誰にも見せないで、ロッカーの中で》
《僕だけが知ってる。君が壊した感情の音を》
⸻
放課後。
空が茜に染まり、窓辺に揺れるカーテンが妙に静かだった。
私はスマホを伏せたまま、ただじっと座っていた。
(私……何か、間違ってた?)
思い出してしまう。
笑っていた茅野の顔。
だんだん無口になって、目を伏せて、気づけばいなくなったあの日。
「――なあ」
誰かの声で現実に引き戻された。
振り返ると、同じクラスの男子が私を見ていた。
「椎名先生さ、最近やたらピリついてるよな。
片倉のこと、いろいろ他のやつに聞いてるっぽいぜ」
私の背筋が固まる。
(……椎名)
あの目。
この間、教室のガラス越しに私を覗いていた視線。
そして今度は――
裏で私のことを“調べてる”。
(なら、始めなきゃ)
私はゆっくりと立ち上がる。
胸の中に、冷たい感情が戻ってきた。
“空気”を変える。
それが、私のやり方。
⸻
その夜。
机の上に、新たな紙切れが置かれていた。
誰の仕業か、考えるまでもない。
そこには、こう書かれていた**。**
《支配者は、自分が崩れる瞬間を知らない。
だから僕は、それを見るのが好きなんだ》
西園寺の字だった。
見慣れないはずなのに、なぜかすぐにわかった。
背筋が、ぞくりとした。