テラーノベル
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朝のホームルーム。椎名先生の声は、いつもより少し低かった。
「最近、クラス内で気になる投稿がいくつか見つかってます。
SNSや匿名アプリの使い方、もう一度考えてください」
ざわ……と空気が波打つ。
(動いた。先生が、本格的に)
私は顔色ひとつ変えずに、机に視線を落とした。
だけど――
心の奥で、何かがざらついている。
⸻
その日の昼休み。
クラスの数人が集まって、スマホを見せ合っていた。
「これ……椎名じゃね?」
「でも名前ないし、どうなんだろ」
「“あの教師、気持ち悪いくらい観察してくる”ってやつ、めっちゃ回ってる」
匿名の“声”。
誰が投稿したかなんて、もう関係ない。
問題は、その“空気”が膨らむこと。
それだけで、人は簡単に壊れる。
(この流れで、椎名も……)
私の指先は震えていなかった。
けれど――喉が、妙に乾いていた。
⸻
放課後。
帰り支度をしながら、ふと後ろを向いた。
西園寺がいた。
相変わらず、無表情で机に座っていた。
ただ、その視線が――鋭かった。
「椎名先生のこと、あんなに騒がれて可哀想だね」
そう言った彼の声は、どこまでも平坦だった。
「でも……なんで、そんなにタイミングよく噂が流れたんだろう?」
私は笑った。
「偶然、じゃない?」
「偶然。なるほどね」
西園寺は目を細めて、何も言わずに立ち上がった。
⸻
廊下ですれ違うとき、彼が小さく囁いた。
「玲那ちゃん、きみのこと好きだったよね」
……またこの話
私は立ち止まった。
「“好きだった”って、どういう意味?」
西園寺は笑わなかった。ただ、首をかしげて言った。
「彼女、たぶん結惟ちゃんと生きてる世界が違ったんだよ。
君みたいに“空気”で人を動かせるような子じゃなかった。
だから、どうしても届かなかった」
(生きてる世界が違う、それは私がこの前言った…… )
「届かない……」
(“私と彼女は違う”。それだけのはずだったのに)
「でもね、君は届いてると思ってたでしょ?」
「自分の支配が“完璧”だって信じてた。だから――あの日、あの目を見て、驚いたんじゃない?」
私は答えなかった。
答えたくなかった。
⸻
帰宅後。
ベッドに倒れ込んでも、思考は止まらなかった。
玲那の顔。
村瀬の声。
椎名の視線。
そして……西園寺の目。
(なんで……“私”が、追い込まれてるの?)
空気は、ずっと私のものだった。
誰よりも上手に、誰よりも冷静に。
なのに――なぜか、心が揺れていた。
震えているのは、手じゃない。
“感情”だった。
⸻
夜、スマホに通知。
《西園寺》
《もうすぐ“空気”は変わるよ》
《君は、気づいてないだけ》
私はスマホを伏せた。
けれど、胸の中のノイズは消えなかった。
(私は……どうして、こんなに息苦しい?)
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