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◆◇◆◇
2月14日
校内全体が浮足立ち、甘ったるい空気に支配されるこの日。
俺の視線の先には、いつも通り「完璧な偶像」を演じきる恋人、甘宮櫂の姿があった。
下駄箱から教室までのわずか数分の移動。
それだけで櫂の腕の中は、あっという間に色とりどりのリボンやラッピングで埋め尽くされていく。
校内一のイケメン、おまけに読者モデルまでこなす。
その顔面偏差値はまさに暴力的なまでの完成度だ。
女子たちの羨望と黄色い声を一身に浴び、爽やかに微笑み返すその表情は
確かに俺が愛してやまない「推し」の顔そのものだった。
だけど、彼女たちが頬を染めて差し出すその「甘味」を、俺は一口だって欲しくない。
俺の名前は月城累。
この異常な空腹を抱える「フォーク」である俺の味覚にとって
市販の高級ショコラも、愛がこもっているらしい手作りマフィンも、口に含めばただの無味乾燥な砂と同じだ。
舌が、脳が、それらを「食べ物」だと認識することを拒絶する。
俺が本能で求めているのは、そんな小綺麗な砂糖細工じゃない。
もし、その派手な箱の中に、櫂の滲ませた汗や涙が
あるいはもっと奥底に溜まった熱い雫が詰まっているのだとしたら。
俺は迷わず、一滴残らずすべてを飲み干していただろうに。
放課後────
いつもの流れで、ゲームがてら俺の家に寄ることになった。
俺の部屋に入るなり、櫂は抱えてきた戦利品の山を机の上に派手に広げた。
「ねね、見てよルイ。俺、今日こんなに女子からチョコもらったんだよ? 凄くない?」
キラキラしたエフェクトでも背負っていそうなドヤ顔を向けてくる櫂。
俺はわざとらしく溜息をつき、視線をスマホに向けたまま適当にあしらう。
「はいはい、すごいね。よかったじゃん」
(……っていうか、俺ら付き合ってんだけど? 櫂のレベルなら本命チョコだってさぞ多く貰ったろうに、それを彼氏に自慢してくるってどういう神経? 俺なんて一欠片も貰えてませんけど? は、何、この地獄みたいな格差)
オタク特有の早口な独白が脳内を猛スピードで駆け巡るが、なんとか理性を保って口には出さない。
「ちょっ、反応薄くない!? ……っていうかさ、俺、ルイからのチョコ、まだなんだけど?」
不満げに唇を尖らせる櫂を、俺は極めて冷めた目で見やった。
「は?用意してないし。そんなに女から貰ってんなら、俺のなんていらなくね? 大体、恋人にチョコ自慢してくる時点でムカつく」
わざと突き放すような言い方をして、背を向けるようにベッドへ寝転がった。
本当は、他の奴らが櫂に触れたという事実だけで、胃のあたりが焼けるように空腹を訴えている。
その飢餓感を押し殺すように、枕を強く抱き込んだ。
すると櫂は、悪びれもせずに俺の顔を覗き込んできて、自信満々に微笑んだ。
「でも、ルイだって去年は『そういうところ尊敬する』とか言ってたじゃん」
その言葉に、ピクリと指先が動く。
わかっている。
俺が誰よりも、こいつの完璧な仮面を、一番無様に崩してやりたいと渇望しているフォークだということを。
「……うっさい。それ付き合う前だし。…てか、櫂こそ俺にないわけ?」
「チョコ? 買ったってルイ食えないじゃん」
「……なら、櫂にする」
「え?」
俺は唐突に起き上がり、戸惑う櫂の首筋に鼻を寄せた。
それだけで、脳が焼き切れるような衝撃が走る。
ほのかに漂う、高級なケーキ特有の抗いがたい甘い香り。
「バレンタインだし、櫂の汗とか舐めたりしていいっしょ?」
「いや、ルイの……舐め方? とかなんか、くすぐったいしヤなんだけど。……脇の汗まで舐めてるし」
「美味いんだから仕方なくね?」
「答えになってない…って、ちょっ……! そこは駄目だって、汚いし!! ……あっ」
櫂の慌てる声を無視して、露わになった櫂の首筋に深く舌を這わせた。
舌先で筋肉の凹凸や拍動を確かめるように、執拗に。
ゆっくりと熱を撃ちあげていくと、櫂は堪えきれず熱っぽい息を漏らした。
そのまま滑るように耳裏へ到達する。
甘酸っぱいジャムのような濃密な味が舌全体に広がり、俺の理性を削り取っていく。
もう一度強く吸い上げると、櫂の身体がビクッと大きく跳ねた。
「ちょ…そこはマジでやめ……っ!」
抗議の声を無視して、耳を舐め続ける。
耳の形をトレースするように、執拗に、丁寧に。
時折甘噛みを織り交ぜると、櫂は肩を震わせて弱々しく鳴いた。
「やめろって言ってるのに……んんっ……!」
「腹すいてんの」
「目の前にチョコあるって! なんならルイが好きなティラミスまであるんだから!」
「……目の前に、ずっと甘いお前がいるのに、そんなもん興味ないって」
至近距離でそう囁くと、櫂は顔を耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆った。
「みっ……見るなアホルイ……っ!」
その姿に、ゾクゾクとした暗い興奮が背中を駆け巡る。
もっと乱れさせたい。
もっと深くまで侵入して、この「完璧な顔」の内側を暴きたい。
そうして櫂の「味」を貪り、愛でているうちに
いつの間にか部屋の空気は密度を増し、ベッドの上は無残に乱れていた。
櫂のシャツを乱暴にたくしあげると、露わになった白い肌に指を這わせる。
汗ばんだ皮膚はしっとりとして、まるで最高の状態に熟れた果実のようだ。
鎖骨から胸へと順番に、マーキングするようにキスを落としていく。
櫂は切なげに眉根を寄せ、シーツを掴んだ。
「ふぁ……ッ、そこも、弱いから、ヤダ……っ!」
「知ってる」
「んん……っ! ひあっ!」
「やっぱ……お前のこういう時の顔、いっちゃん好きだわ」
俺の言葉に、櫂はハッとした表情を浮かべる。
「悪趣味……っ!」
俺はニヤリと笑って、再び櫂の顔を覗き込んだ。
「だって櫂、俺にキスされて喜んでるじゃん。いつもはあんなに強がってるくせに、こういう時だけ素直になるとか、ほんっといじらしい」
「っ……それ言うなら、俺でしか甘味感じられなくて、俺を必死に求めてるルイも大概じゃない……っ?」
対抗心からの反撃だろうが、羞恥心からか櫂の顔はますます熱を帯びて赤くなる。
「……半分正解で、半分不正解」
「え?」
「つか、分かってるなら大人しく食われてろっての」
「もう……っ、拗ねすぎじゃない? 自慢したのは悪かったってば」
「……は? 別に拗ねてないし。ただ腹減ってるだけ」
「ふっ、ははっ……嘘下手すぎ」
「なっ……! っ……お前が自慢するから悪いんじゃん」
「ごめんごめん。でも、心配しなくても本命は全部断ったから、安心して」
その言葉に、動きが止まる。
「は?あんな数多いのに? 嘘だろ」
櫂は俺の頬を優しく両手で包み込み、吐息の混じった、甘く溶けた声で言った。
「今日の戦利品? 全部義理だから。これ以上貰っても食べきれそうにないし……何より、本命貰ったらルイが悲しむでしょ?」
驚いて顔を上げると、そこには悪戯っぽく、それでいて慈しむような目を向ける恋人の姿があった。
「……はあ? それ…早く言えよ。妬いて損した……」
「……あ、やっぱり妬いたんだ?」
「あっ、いや、今のは違ぇから!」
櫂はくすりと笑い、満足げに目を細める。
「えー、それ絶対嘘じゃん。ふふっ、ルイも可愛いとこあるね…嫉妬しちゃってこんなことするなんて」
「あーもう、イラつく。まじで許さねぇ……」
俺は低い声で唸り、櫂をじっと睨みつけた。
顔に血が上るのがわかる。完全に手の内を読まれた上に、煽られていると分かっていても反応してしまう自分が情けない。