TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
シェアするシェアする
報告する






『……驚いた。


 突然ふすまがあくから、びっくりしたよ』



数秒ののち、呆れとも諦めともつかない声で、レイが振り向いた。



『あ、そ、その……。


 ごめん、少しあいてたから……』



話があって来たのに、動揺して言いたいことがすべて吹き飛んでしまった。



レイの傍に軟膏のようなものがある。



いつの間にかそれを見つめていた私は、もう一度彼の背に目をやった。



『……俺がここにきて間もない頃、前にも一度こんなことがあったな。


着替えてる時にミオが急にふすまをあけた』



ため息まじりにレイが言い、それで思い出した。



レイを呼んでも返事がなくて、中をあければ彼が上半身裸だった。



『あの時も見られたかと焦ったけど、二度も不意打ちされるとは思わなかった』






私は吸い寄せられるように部屋の中に入る。



近付けば、彼の背にあるのが火傷の痕だとはっきりわかった。



『父親がつけたんだ。


煙草を消す時に、俺の背中で消して』



レイは私を一瞥して、視線を宙に移す。



(え……)



耳に届いた途端、息が出来なくなった。



鼓動が激しく騒ぎ、全身を巡る。



『見た目はふつうの父親だったよ。仕事もちゃんとしてた。


だけど酔うと荒れる人だったから、母は耐えられなくなって、俺を置いてひとりで逃げた。



それ以来、父はさらに酒を飲んで、手に負えなくなったよ。

当時は酒を見るのも怖かった』






レイはかすかに笑った。



私はなにも言えず、細い息を繰り返しながらレイの横顔を見つめる。



『力で勝るようになれば、父に手は出されなくなったけど、人間なんて、なにを考えているかわからない生き物だって思ったよ。



 けど、やがてわかった。

 父みたいに、上面を飾るだけで、それなりに生きていけることも』



足に力が入らない。



けれどレイの傍に歩みより、いつの間にか膝をついていた。



『大きくなるにつれて、明瞭で後腐れのないものしか選ばなくなった。


 すべてに対価を求めれば、過剰な期待もないし、傷つくこともないから』



『レイ……』



声が震えた。



彼は憂いのある笑みをそのままに、私を横目に見る。



『そんな顔をしなくても、ミオにはもう見返りはと言わないよ。


けど今まで生きてきた生き方は、そんなに簡単に変えられない』







蒼い目はとても静かだった。



笑みを浮かべていても、彼の心はここに存在しない。



やがてレイは窓の外に目を向けた。



背中にあるいくつものケロイドが瞳に映り、胸が痛くて押し潰されそうになる。



『レイ』



胸が痛い。



痛くて苦しくて張り裂けそうだった。



『レイ。


だれでも、人はだれかに愛される権利があるよ。

だからそんな悲しいことを思わないで』



痛みに任せてレイの背に手を回した。



抱きしめれば、つるりとしたかさぶたの感触が頬に当たる。



何年も消えることのないそれに触れて、涙が出そうになった。







『……この家に滞在して、ミオを見てて……。

 そういったこともあるんだと思った。


 けど、それはミオが特別なんだよ』



穏やかな口調なのに、突き放された気がした。



それはそうかもしれない。



居候の私のことを、野田家のみんなはとてもよくしてくれる。



レイの境遇を思えば、私なんかがなにを言えた立場でもないのもわかる。



けどどうしても、絶望をひとり背負ったままでいて欲しくない。




『そうだよ、私は恵まれてる。

 それは特別なことかもしれない。


 けどだれだって、必ずだれかに愛されて生きてるって思ってるの』



『ミオは……いつも理想論ばかりだな。


 父親にも母親にも愛されなかったやつが、他人に愛されるはずないだろ』



彼の口から自嘲の笑みが零れた。



私はレイの背中に顔を当てたまま、首を強く横に振る。



『そんなことないよ、そんなことないってば』



どれだけ否定しても、彼の心に届いていないことを、言った私が一番よくわかっていた。



だけど拒絶するレイの背中が寂しすぎて、首を横に振らずにはいられない。





『……もういいよ、ミオ。


言うつもりなんてなかったし、さっきも言ったけど、考えだって変わらない。

今話したことは忘れて』



そう言い、レイは私が回した腕をほどこうとした。



『バカ!忘れるなんて出来るわけないよ。


だいたい、愛されるはずないってどうして決めつけるの。

私は―――』





”―――レイのことが好きなのに”





浮かんだ言葉に、一瞬息が止まった。



回していた腕の力が緩み、わずかにずれる。



『ミオ?』



さっきまでとは別の動悸が生まれた。



予期せず自覚した気持ちに、私の心臓は異常なほど早く波打つ。



『私は……。

はじめレイのことが大嫌いだったよ。


だけど、今は嫌いじゃないし、レイのことをすごく心配してる。だから……』






















シェア・ビー ~好きになんてならない~

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

38

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚