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小学校の同級生、ようちゃんこと小野田洋一郎と再会したのは偶然だった。
ちょうど夏休みのシーズンだった。
仕事でつがる市にある観光物産館のお土産コーナーのマネージャーとの打ち合わせを終え、商品を物色している際に、後ろから肩を叩かれた。
「……やっぱり祐樹だ。いやあ、懐かしいなぁ」
彼は小学生の時と変わらない屈託のない笑顔で、言った。
2歳くらいの男の子を肩車して、後ろには綺麗な女性が寄り添っていた。
「……あ、結婚したの?」
聞いた祐樹に、洋一郎は笑った。
「まあな。こっちは次男坊。上の子は今回初めて嫁の実家に一人でお泊りなんだ」
洋一郎の頭にしがみ付いていた男の子がこちらを無表情に見下ろす。
「へえ……ここらへんなんだ?」
「そうそう。マルバンの裏」
洋一郎はふっと息を吐き祐樹を見つめた。
「お前は?まだ?」
洋一郎は次男坊の尻を支えながら目を見開いた。
「ああ、まだ―――」
―――まだ?
これから俺の未来に結婚の二文字なんてあるのか?
祐樹はもう一度次男坊を見上げた。
子供ができることなんて、あるのか……?
「子供は良いぞー。無垢でさ。ホントかわいいよ」
言いながら洋一郎は肩車していた少年を持ち上げ、抱っこに切り替えた。
「ずっと謝ろうと思ってたんだ」
「え、俺に?」
「うん、そう」
言いながら隣にいた妻に次男坊を託すと、洋一郎は顔を寄せてきた。
「俺たち、なんか小学校の途中から、変な感じになっちゃったじゃん?」
「あ……あれは」
祐樹は思わず洋一郎から目を逸らした。
「うちの母が悪かったんだから、気にしないでい――――」
「違うんだ」
洋一郎はくせっ毛の髪の毛を掻きながら、気まずそうに片目を細めた。
「実は、あのとき、うちの父ちゃんがやってた焼き鳥屋、倒産しちゃってさ」
「―――え」
初耳だった。
しかしどうして、今そんなことを自分に―――?
「そんで家も土地も売り払って、すんげえ汚い貸家に住んでてさ。金持ちで綺麗で新しい家に住んでるお前が羨ましくてさ」
―――何を……。
「だから俺、お前の家の玄関先に――」
―――何を言おうとしてるんだ、この男は……。
「猫の死体を置いた」
「――――!」
「カラスの赤ん坊の死体も置いた。死にかけのゴキブリも、猫に齧られて足がないネズミも置いた」
そう言えばある時、家の前に嫌がらせのように動物や虫の死体が置かれるようになった。
宿舎で嫌がらせを受けた経験のある聡子は、それはそれは怯えて、半狂乱で保健所やら警察やらを呼んでいた。
しかしあるころから、その嫌がらせはぴたりと止んだ。
「……結局おばさんに見つかって」
洋一郎はふっと息を吐き笑った。
「だからおばさんが怒るのも無理はないんだ。ホント、ごめんな?」
ケラケラと笑う元友人を、祐樹は目を見開いて見つめた。
―――何笑ってんの?
笑い事じゃねえんだけど。
あの後、俺、クラスでも孤立して、
中学校に入っても友達なんか作れないで、
ずっとうまくやってるように母親に隠して、
遠足も、
宿泊訓練も、
修学旅行も、
三食、無理矢理詰め込んで、吐きながら参加したのに。
『――祐樹。俺、なんかした?』
何が、なんかした?だ……!!
してたんだろうが!!
お前のせいで、俺は………!!!!
◆◆◆◆◆
それから1年、歯を食いしばって我慢した。
そして、迎えた夏休み。激務にも関わらず祐樹は長期の休みを取った。
すでに洋一郎の嫁の実家は調べてあった。
案の定、その年も洋一郎の長男は、一人で嫁の実家に遊びに来ていた。
虫取り、川魚釣り、ザリガニ探しに、向日葵摘み。
一人になるチャンスはいくらでもあった。
人の気配と車の通りがないことを確認し、長男を自分の車に押し込んだ。
暴れる長男を殴りながら、その耳に口を押し付けて叫んだ。
「――恨むなら、お前のパパを恨むんだよ」
その言葉で暴れていた長男は一瞬動きを止めた。
「俺は、君のパパのせいで、まともな人生を歩めなくなったんだからね?」
家に連れ帰ると、気持ちが晴れるまで、殴って蹴って、そして犯した。
そのあとは自分の部屋のクローゼットで、長男を文字通り飼った。
餌を与え、排泄を片付け、ただただ飼育した。
テレビで彼の行方不明事件は大々的に放送され、初めこそ気にはなったものの、専門家たちの的の外れた見解が退屈で、そのうち観るのをやめてしまった。
彼を飼い始めてから1ヶ月が経った頃、近畿への出張が入った。
厳重に拘束して出てきたが、帰ってみると、彼の姿は消えていた。
◇◇◇
それから長男に似ている少年を見つけると、考える間もなく攫い、飼育した。
失敗を繰り返さないように、もっと殴り執拗に弱らせ、骨と共に抵抗心を砕き、拘束もきつくしていった。
それなのに出張になると決まって子供たちは抜け出した。
子供たちを殺す気も、殺した記憶もないこと、さらには運んだり捨てた記憶もないことで、巷で騒ぎになっている少年の死体遺棄事件とそれは、どうしても結び付かなかった。
裕樹は首を捻り、また彼に似ている少年を探したのだった。
◇◇◇◇
あの日―――。
6月18日。
バス停から慌てて引き返した家に入った途端、大きな物音がした。
2階からだと気づいたときには、勝手に身体が動いていた。一段抜かしで駆け上がり、自分の部屋に駆け込んだ。
裕樹の目に飛び込んできたものは――。
隠し場所だったクローゼットから引きずり出され、腹部を刺されて悶絶している彼と、ナイフを持ちながら目を見開いた、聡子の姿だった。
「何してんだよ……?」
祐樹は聡子を突き飛ばし、彼に駆け寄った。
腹部を数か所刺された彼は、祐樹を見た瞬間、目を見開き、そしてすぐに意識を失った。
手遅れだ―――。
祐樹は愕然とした。
今すぐ病院に駆け込んだとして、
助かる命だったとして、
――どう説明する……?
刺したのは聡子だ。
しかし、指の骨折は?
アキレス腱の断裂は?
全身に刻まれた暴行の後は?
直腸の中に残る体液は?
どう……説明するんだ―――。
「……あなたが悪いのよ」
絞り出すような声で聡子が言った。
「あなたが、こんな子たちを誘拐なんてしてくるから―――!」
こんな子たちを――?
聡子は知っていたのか?
―――じゃあ今まで、
逃げたと思ってた彼らは、
自分が出張している間に、
この女に殺されていた?
ここ数ヶ月、巷を騒がせていた少年少女殺人死体遺棄事件。
あの被害者たちは―――。
彼らだったのか……?
「―――ふざけるな……」
祐樹は腹の奥から声を絞り出した。
「全部!全部全部全部全部!お前が悪いんだよ!」
――気が付くと母親は肉塊と化していた。
祐樹は慌ててスーツを着替えると、少年を見下ろした。
もうとっくに意識はない。
放っておいたら確実に死ぬ。
それでも祐樹は家を飛び出した。
出張に遅れないために。
これからも、生きていくために。
◆◆◆◆◆
早く帰って、2つの死体の処理をしなければいけない。
処理?
どうやって?
聡子を殺す前に、処理する方法を聞いておくべきだった。
「ふ……ふふ……」
そう思ったら、笑いが込み上げてきた。
「……………」
祐樹は空を見上げた。
親子だろうか。
雀が3羽、東に向けて飛んでいく。
――――このまま、逃げ出してしまおうか……。
孝作が建てた家も、
聡子の死体も、
仕事もそのままで―――。
どこか、遠くへ。
そもそも、俺を生き返らせたのは誰なのだろう。
いや、それよりもまず、
――なんで俺、生きてたんだっけ……?
晴天にいきなり大音量でファンファーレが鳴り響いた。
「―――なんだ?何の騒ぎだ?」
祐樹は当たりを見回した。
しかし祐樹のようにキョロキョロと見回している人物も、音の方を振り返る人物もいない。
皆、何もなかったかのように自分の行くべき方向を向いて、自分のすべきことをしている。
「――――どうなってる……?」
その時脳天に、拡声器を使っているような割れた声が響いた。
『――最終ゲームは“かけっこ“です』
―――この声はアリス……?まさか。そんなはずない!
『ゴールは花崎さんのご自宅です』
―――俺は人間界に帰ってきたはずだ……。
『いちについて。よーい……』
―――でも、それじゃあ、この声は……?
『どん!』
空に銃声が響き渡ると共に、祐樹の脇を勢いよく男が抜けていった。
「―――お前……!!」
その姿は―――尾山雅次だった。