テラーノベル
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隠り世と現世との名は使い分けるべきだと、
玉雨に名付けられた「ハル」。
今は、2人で夜の橋を渡っている。
「あの…。これからどこに行くんでしょうか」
「ん?」
ズカズカと進んで行ってしまう玉雨に対し、
戸惑いつつもハルは問う。
「ずっとあの中にいても落ち着かんだろう。近くに湯屋がある。隠湯堂という。そこであれば金にもなるし、時間も埋まる。」
この男は私を儲けにしようとしているのか…
ただあの場所にいて欲しくないのか…
「己れは仕事もあり、いつもあそこに居れるわけではない。そんな時に出会したら、おぬしだっていやだろう?」
先ほど、玉雨の説明を受けた。
術は、人々と守るために使うもの。隠り世には現世からの慰霊がでる。それを祓うためのものなのだと。それは、術でしか祓うことも、それを傷つけることもできやしない。
(玉雨様は、そんなものと戦う時、怖くないのかな)ハルは話を聞いただけでも、恐ろしく思えて手が震えてしまった。
「嫌というより、なす術がありません。」
「ふ、だろうな。」
相変わらず面の中から発せられる声は、優しく芯があり、緊張の糸を解いてくれる。
「さあ、ついたぞ。」
目の前には、立派な大きな建物が、ずっしりと構えていた。壁のあちこちに提灯がずらり。小窓からは忙しそうに行き来する人々の姿。夜の暗闇に火が灯されたように、煌々としている。ハルが硬直していると、おーい女将はいるか?と凛とした響きのいい声で、そそくさと行ってしまう。「あっ…待って…」比べてハルの小さな声は、響くはずも、玉雨に届くはずもない。
「やぁ、玉雨さん。久しいねぇ、何年ぶりかい?元気にしとる?」
「あぁ、お陰様で。赤葉サン。お元気なのは、相変わらずですね。」
随分とにこやかに、青年らしい言葉を並べている玉雨だが、その瞳には、目の前の人は映っていない。
「ッ、……。はっ、………」
手が震える。冷たい。背筋が冷たい。
息が荒い。苦しい。体が震える。(玉雨様…!)
助けを求めたいのに、名を呼びたいのに、震えて声が出せない。相変わらずなのは、私もだ。益山夫婦と、何故か玉雨には、こんなことにはならないのに。
「おや、噂になってた子かい?うちで働いてもらうには、少し細いようだが…大丈夫かい?そこの子さん。」
ひっ……ぁ………
自分はなんて弱いんだろう。これからお世話になろう人とも、こんなに話せないなんて。
「すみませんね、赤葉サン。ハルと云います。ちっと事情がありまして、人と、うまく話せないようで。………ハル。」
そっと、震えている肩に手を添える。
「大丈夫。何かあったら、己れの部屋に飛び込め。守ってやれる。」
耳元で、そう囁かれた。免疫がないハルにとっては、ドギマギするだけだった。
(__//無理だよ。これは)
カァっと顔を赤くしたハルを、玉雨と赤葉は、可笑しそうに笑った。
「あたいはこの宿の女将、赤葉だよ。わからないことだらけだろうから、なんでも聞きな。」
「はい…。」
「ああああぁぁ〜‼︎ハルちゃんだ!」「え⁉︎⁈」
大きな三つ編みを揺らしながら、大きな声で叫んで走ってくる女の子に、ハルはただただ驚いた。その顔には、向日葵のような笑み。
「ちょいとアマネ!ハルを驚かすんじゃないよ!ただでさえ声が響くんだから!」
「アマネ?」ハルがその名を呼ぶと、うんっ!と可愛らしい声で頷く。
「甘い夏って書いて、甘夏!ハルちゃんのことは、私の部屋の、襖から聞いてたんだ。同い年だと思うから、よろしくね⭐︎」
(なんだか、私が知っている世界にいそうな、キラキラ女子……。) アハハ…
と、ハルは強張った笑顔しかできなかった。
「そうだ!この宿の案内は、甘夏にお願いしようかね!あたいはそろそろ戻らないといけん。甘夏、頼んだよ⁈」
「うぇ⁉︎ちょ、女将さん⁉︎」
ピューッと、赤葉さんは廊下を駆けていってしまった。ホントは新人なんて来て欲しくなかったのだろうか。案内なんて、面倒だと思われたのだろうか。 (……………)ネガティブな思考ばかり働く。失礼だと思うのに。
「ふう……そうだな、えっと、女将さんも行っちゃったし…。ここからは、私が案内してあげるね!えと、ハ、ル……は、はっちゃん!」
「は、はっちゃん⁇」
うん!と、お星様でも降りそうな勢いで、嬉しそうに頷いた。
「ハルちゃん、って、私、舌回らないから、噛んじゃいそうで…。だから、はっちゃん。ダメだったかな?」「は、はあ」
なんて、きらきらうるうるの目で下から目線で頼まれると、断れる人なんていない…。
うん分かったと言うと、ホントに⁉︎ありがとう!とさらにキラキラな目に見つめられてしまった。おかげで、いつの間には震えは治っていき、宿案内を楽しんだ。
「ねえはっちゃん!こっち来てきてきて〜!」
「どうしたの甘夏?今のところ、もうこの宿の部屋は全部まわっちゃったと思うんだけど…」
ハルと甘夏は、相当仲良くなっていた。下の名で、ハルも呼び合えるくらいに。
スパンッと、甘夏が奥の襖を開けると……
「じっじゃじゃ〜ん‼︎はっちゃんが宿で着る、浴衣&着物で〜す!」
「わぁああ……。綺麗……。」
思わず感嘆の声が出る。
「ふふ、でしょでしょ?はっちゃんがまだ寝てる間に、玉雨様が選んだんだよ?」
「えっ、玉雨様が?」「うん、玉雨様が!」
目の前の着物には、紺の中に、小さな花の紫陽花が、赤、黄色、緑、瑠璃色、桃花色と、様々に散りばめられていた。
「これを、あの人が……」
しばらくハルは、甘夏と共に見入り、立ち尽くしてしまっていた。
コメント
3件
浴衣選んだって、…浴衣っ、!!それに着物だってさっ!!イケメンすぎだろ玉雨…、 まったくぅ、…照れんのも可愛いしよぉ、… 甘夏ちゃんとか明るすぎて泣くわっ!! まじさぁ、…イケメンだな、…うん。 次のも楽しみにしとるね~っ!
今回ちょっと//(照れ)な部分を入れてしまいました💦 自分で後から読み返してみたら、もうびっくりしたー‼︎