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第12話:星乃宮アリスの憂鬱と、おじさんの底なしの包容力
「こんありす〜! スターダスト・プロダクション所属、星乃宮アリスだよっ! 今日はなんと、今ネットで一番話題の『深淵の魔王』ルシフェルさんとのコラボ配信です! ルシフェルさーん!」
『……あ、はい。どうも。ルシフェルです。よろしくお願いします……』
時刻は18時。
俺のヒビ割れたスマホの画面には、星空をモチーフにしたキラキラの衣装を身に纏うトップアイドルと、その横で申し訳なさそうに佇む、銀髪オッドアイの魔王(声のトーンは完全に葬式)が並んでいた。
星乃宮アリスのチャンネルで行われているこのコラボ配信。現在の同時接続者数は、なんと驚異の『12万人』。
俺が一生かかっても出会うことのない数の人間が、今、この底辺無職のヒソヒソ声に耳を傾けているのだ。
「ルシフェルさん、今日は壁の薄いアパートからのご参加ということで! お隣さんに壁ドンされないよう、ASMR風のささやき声でお届けしまーす!」
『……すみません、マジで。右隣の人、ガテン系でマジで怖いんで……』
俺がボソボソと弁明すると、12万人を抱えるコメント欄が爆速で流れていく。
『魔王(極小ボリューム)』
『開始1分で隣人に怯える魔王草』
『アリスの横に生活保護おじさんがいるバグ』
『画質はいいのに音質だけ昭和のラジオ』
トップアイドルの圧倒的な光と、俺の圧倒的な陰。
そのコントラストが異常な化学反応を起こし、配信は異様な盛り上がりを見せていた。
「さてさて! 今日の企画は『ルシフェルさんの限界人生相談室』です! 実は私、ルシフェルさんにどうしても聞いてほしい悩みがあって、今日はお呼びしたんです」
星乃宮アリスのアバターが、少しだけ俯くモーションを取る。
普段の明るい声から、少しだけトーンが落ちた。それは演技ではなく、20代の等身大の女の子としての、生々しい声だった。
「私、ありがたいことに登録者100万人を超えて、毎日たくさんの方に見てもらえてるんですけど……最近、数字に追われるのが本当に苦しくなっちゃって」
彼女の告白に、コメント欄の空気が少しだけ張り詰める。
「同接が昨日より1000人減っただけで、『あ、私飽きられたのかな』って不安で眠れなくなるんです。企業勢だから、結果を出さなきゃいけないプレッシャーもあって……自分がただの『数字を生み出す機械』みたいに思えちゃう時があって……」
トップVTuberだからこその、贅沢で、しかし切実すぎる孤独。
光が強ければ強いほど、その裏に落ちる影は濃くなる。彼女は今、その暗闇の中で押し潰されそうになっているのだ。
普通なら、ここで「そんなことないよ! アリスちゃんはみんなを笑顔にしてるよ!」と綺麗事で励ますのが正解だろう。
だが、俺は四十歳の、社会のレールから完全に外れた無職のおっさんである。
彼女の高度すぎる悩みに、気の利いた言葉など一つも思い浮かばなかった。ただ、俺の脳内にある純度100%の「底辺の事実」だけが、口をついて出た。
『……あのさ、星乃宮さん』
「はい……」
『お前、自分の稼いだ金で、良い布団で寝て、美味い飯食ってんだろ?』
「えっ……? あ、はい。一応、それなりには……」
俺は百均のリングライトに照らされながら、三十万円……じゃなくて三万円のゲーミングチェアの上で深くため息をついた。
『だったら、最高じゃねえか。数字が落ちて不安になるってことは、お前が自分の足で立って、社会で戦ってる証拠だろ』
『お前は同接が減って不安かもしれないけどな、俺なんて、毎月市役所から振り込まれる保護費が少しでも減額されないか、ケースワーカーの鈴木さんに目をつけられないか、ただそれだけの恐怖で毎日特売の胃薬かじってんだぞ』
「…………えっ」
『数字を生み出す機械? 上等じゃねえか。俺なんて、社会にとって一円の利益も生み出さない、ただ税金を吸い上げるだけの粗大ゴミだぞ。お前はちゃんと納税して、誰かを楽しませて、自分の命を自分で養ってんだ。……四十年間何者にもなれなかった俺から見たら、お前は立派すぎるくらい、すげえよ』
静寂。
12万人が見守る配信画面に、俺のボソボソとした、しかし血の通った愚痴のような本音が響き渡った。
綺麗事ゼロ。自己肯定感マイナス。
圧倒的な「下」からの視点。
『底辺の王』だからこそ言える、一切の嫌味を含まない究極の肯定。
数秒の沈黙の後。
画面の向こうから、マイク越しに「……っ、ひっ、うぅ……」という、鼻をすする音が聞こえてきた。
「ルシフェルさん……っ、ずるい、です……」
星乃宮アリスが、ガチで泣いていた。
「そんなの……ルシフェルさんの生活に比べたら、私の悩みなんて、ちっぽけすぎじゃないですかぁ……っ! 毎日胃薬飲んで、鈴木さんに怯えて……っ、私、もっと頑張りますぅ……!」
『いや、比べんな比べんな! 俺はただの怠惰なニートだ! お前は偉い!』
慌ててフォローするが、時すでに遅し。
彼女の涙腺崩壊を合図にしたかのように、12万人のリスナーたちの感情も完全に決壊した。
『あかん、俺も泣きそう』
『おじさんの自己犠牲(?)エグい』
『アリス、お前は頑張ってる。おじさんも生きててえらい』
『正論とか綺麗事じゃなくて、圧倒的な底辺を見せることで救済する男』
『おじさんの包容力(物理的弱者)ヤバすぎだろ』
ズバババババンッ!!!
星乃宮アリスのチャンネルに、見たこともない量のスーパーチャットの虹がかかる。
それは、トップアイドルを救済してくれた(?)謎の限界おじさんに対する、ファンからの圧倒的な感謝とリスペクトの嵐だった。
『……おい! だから俺のチャンネルに飛んできてスパチャすんな!!』
俺は自分のサブモニターを見て悲鳴を上げた。
俺のチャンネルの待機所にもリスナーが押し寄せ、無言のまま次々と赤スパを投げつけてきているのだ。
『これ以上収入増やしたら、俺マジで鈴木さんに刺されるんだよォォォ!! お前ら、頼むから星乃宮さんの方に投げてくれ!! 俺のセーフティネットを燃やさないでくれ!!』
「あははっ……! ルシフェルさん、お金投げられてガチギレしてる……っ、ふふっ、変な人……!」
涙声のまま笑い出す星乃宮アリスと、スパチャに怯えて絶叫する四十歳のおっさん。
こうして、VTuber史上に残る伝説の「限界人生相談コラボ」は、12万人の大爆笑と謎の感動を生み出しながら、俺の来月の『第61号様式(収入申告書)』を完全に書き直させる最悪の結果を残して幕を閉じたのであった。
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コメント
1件
おじさんが「底辺の事実」でアリスを救う展開、最高にエモかった…😭💕 綺麗事ゼロ・自己肯定感マイナスなのに、あれがもう"究極の肯定"になってるのがずるい! スパチャに「鈴木さんに刺される!」って怯えるおじさん面白すぎて無理w 収入申告どうなるの!?続きめっちゃ気になる〜!
こよい
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