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こよい
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第13話:収益爆発と未知の恐怖〜最低生活費の壁を越える日〜
あの大手VTuber、星乃宮アリスとの「限界人生相談コラボ」から一週間。
俺の人生は、完全に未知のフェーズへと突入していた。
「……嘘だろ。いや、バグだ。絶対Googleのサーバーがイカれてる」
朝。うすら体調の悪いまま目を覚まし、万年床の中でヒビ割れたスマホの画面を見つめる。
開いているのは『YouTube Studio』のアプリ。
そこに表示されている「推定収益」の項目を見て、俺は三十回くらい目をこすり、スマホを再起動し、それでも変わらない数字の前でついに呼吸を忘れた。
『推定収益:458,210円』
「よんじゅうごまん……はっせん……?」
喉の奥から、カエルが潰れたような変な声が出た。
コラボ効果による新規リスナーの爆発的な流入。そして、俺の「底辺の叫び」に魂を揺さぶられた(狂わされた)有象無象のオタクたちから投げつけられた、怒涛のスーパーチャットの嵐。
それらが合算された結果、俺のチャンネルはたった一ヶ月足らずで、新卒の初任給をダブルスコアでぶっちぎる金額を叩き出してしまったのだ。
普通なら、狂喜乱舞して高級焼肉でも食いに行く場面だろう。
だが、四十歳の生活保護受給者である俺の全身からは、冷や汗を通り越して「死の匂い」を帯びた脂汗が噴き出していた。
「ヤバい……ヤバいヤバいヤバい!! 完全に『壁』を超えた!!」
俺は万年床から跳ね起き、部屋の隅に積まれたAmazonのダンボールの山(支援物資)に頭を抱えて突っ込んだ。
生活保護には、『最低生活費』という絶対的な基準がある。
地域や年齢によって異なるが、俺の住む自治体の場合、家賃扶助などを合わせて月にだいたい「約十一万円」。
これが、国が定めた「健康で文化的な最低限度の生活」を送るためのボーダーラインだ。
もし収入がこの十一万円を下回っていれば、その差額が保護費として支給される。
だが、もし収入がこの十一万円を一円でも上回ってしまったら?
しかもそれが、四十五万円という圧倒的なオーバーキルだったとしたら?
「終わった……。保護費、全額停止だ。いや、それどころか『保護廃止(打ち切り)』の条件を完全に満たしてしまった……ッ!!」
四十年間、何者にもならず、社会の責任から逃げ続けてきた俺。
その俺を守ってくれていた「最強の防壁(セーフティネット)」が、リスナーという名の善意の暴力によって、今、木端微塵に粉砕されたのだ。
パニックになった俺は、震える手でジェミニを起動した。
こういう時、頼れるのは冷徹なAIだけだ。
『助けて! 今月の収入が45万円を超えて、生活保護の最低生活費を完全にオーバーしました! このままだと保護を打ち切られます! 打ち切られたら、来月からどうやって生きていけばいいんですか!? 払わなきゃいけないものを教えて!』
俺の悲鳴のようなプロンプトに対し、ジェミニは数秒で、残酷なほど正確な「現実」を出力してきた。
『生活保護の廃止(自立)に伴い、ご自身で支払う必要が生じる主な項目は以下の通りです。
1. 家賃および生活費全般(これまで支給されていた保護費はゼロになります)
2. 国民健康保険料(生活保護受給中は免除されていた医療費が、全額実費または3割負担となります)
3. 国民年金保険料(免除申請が取り消され、支払い義務が生じる可能性があります)
4. 住民税・所得税(来年度以降、今年の収入に基づき課税されます。確定申告が必須です)
以上の支払いを滞納すると、財産の差し押さえなどの法的措置が取られる場合があります。計画的な資金管理を推奨します』
「あああああああァァァ!!!」
俺はヒビ割れたスマホを畳に叩きつけた。(割れたら買い換える金は一応あるが、そんな精神的余裕はない)。
「税金! 保険料! 年金! 確定申告!?」
俺の口から、この世の終わりのような単語が次々と飛び出す。
生活保護という温室の中で、医療費無料という無敵のカードを持っていた俺が、いきなり荒野に放り出されるのだ。
「歯が痛いな」と思ったら、自分の財布から数千円を出して歯医者に行かなければならない。そんな恐ろしい世界で、来月もこの収益が続く保証なんてどこにもないのに!
「ケースワーカーの鈴木さんの言う通りだ! 来月飽きられて収益ゼロになったら、俺は来年の税金が払えなくて首を吊るしかなくなるんだ!!」
俺は自分の髪の毛をかきむしった。
『原価ゼロの錬金術』が生み出したのは、金なんかじゃない。
「社会的責任」と「納税の義務」という、四十歳のニートにとって最も重く、苦しく、恐ろしい十字架だったのだ。
その夜の配信。
同接は相変わらず1万人に迫る勢いだった。
俺はリングライトの電源も入れず、真っ暗な部屋の中で、幽霊のような声でマイクに語りかけた。
「……お前ら。俺は今日、すべてを失った」
『どうしたおっさん!?』
『魔王様、声がガチで死んでるぞ』
『鈴木にまた怒られたか?』
「……お前らが、俺の言うことを聞かずに金を投げ続けたせいで……俺の収益が、最低生活費の壁をぶち破っちまったんだよ……。来月、俺はナマポを追い出される。国民健康保険料を払う、ただのオッサンになるんだ……ッ!!」
『【祝】生活保護おじさん、卒業!!!』
『うおおおおおおお!! 自立おめでとう!!』
『俺たちの金でおっさんが納税者に!!!』
『感動した! 卒業祝いの赤スパだ!!』
ボシュゥゥゥン!!!
画面に、またしても無慈悲な赤い帯(1万円)が飛ぶ。
「やめろォォォ!! これ以上来年の税金を増やすなァァァ!! 俺はまだ自立なんかしたくないんだよォォォ!!」
社会の恐ろしさに怯えて泣き叫ぶ四十歳と、彼を社会復帰させようと札束で殴り続ける若者たち。
ここから俺の、鈴木さんと税務署への恐怖に満ちた「防衛戦」が幕を開けるのだった。
コメント
1件
いや……これ笑うところなのか泣くところなのか、読んでるこっちまで混乱しましたよ(笑)。収益45万円で「終わった」と絶叫する主人公、でも視聴者たちは「自立おめでとう」と赤スパ投げる。この構図の皮肉が最高に面白いし、同時に社会保障のリアルな仕組みも織り込まれていて、読み応えありました。ジェミニに「税金・保険・年金の義務」を淡々と出力されるシーン、あの冷徹さが逆に笑いを誘う。この「成功したのに転落する」という逆転の発想、とても好きです。続き、気になります。