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薙刀 瑜菜🍃💌⚓️
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1.約束の日
「おんりー! おはよー!」
朝。
スマートフォンから聞こえてきた声に、おんりーはゆっくり目を開けた。
「……ん、おはよ」
「今日、覚えとる?」
「なにを?」
「えー!? この前約束したやん!」
おらふくんが、わざとらしく声を上げる。
「一緒に遊びに行くって!」
「あー……覚えてるよ」
おんりーは小さく笑った。
忘れるわけがない。
その約束だけを、ずっと楽しみにしていたのだから。
「よかったぁ! 俺、めっちゃ楽しみにしとったんよ!」
「……俺も」
本当だった。
本当に、楽しみだった。
おらふくんと一緒に歩いて。
同じ景色を見て。
くだらない話をして笑って。
そんな未来を、何度も想像した。
だからこそ。
昨夜から続いている胸の痛みを、どうしても口に出せなかった。
「……おんりー?」
「ん?」
「今日、声ちょっと変ちゃう?」
心臓が跳ねる。
「……そう?」
「うん。寝不足?」
「……まあ、ちょっと」
嘘だった。
昨夜は痛みでなかなか眠れなかった。
胸元のツタは、もう一本の線なんかではない。
枝分かれしたツタが、胸の中央から左右へと伸びていた。
それでも、おんりーは笑った。
「大丈夫。行けるよ」
「……ほんまに?」
「うん。約束したじゃん」
その言葉に、おらふくんは少しだけ黙った。
そして、いつもの明るい声で言った。
「……そやな! じゃあ、今日はいっぱい楽しもうな!」
「うん」
おんりーは目を閉じた。
――今日だけは。
今日だけは、何も考えずに笑っていたかった。
2.君と見た景色
待ち合わせ場所に着くと、おらふくんが大きく手を振っていた。
「おーんりー!」
「……お待たせ」
「全然! 今来たとこ!」
そう言って笑うおらふくんは、いつもと何も変わらなかった。
そのことが、嬉しかった。
そして、少しだけ怖かった。
いつか、この笑顔を見られなくなる日が来るのだろうか。
そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。
「なあ、あっち行ってみよ!」
「はいはい」
歩きながら、おらふくんは何度も楽しそうに話しかけてくれた。
見つけたものを指さして笑う。
ちょっとしたことで驚く。
おんりーが冗談を言うと、すぐに笑い返してくれる。
そのひとつひとつが、胸に残った。
――この時間が、ずっと続けばいいのに。
そう願った瞬間。
「……っ」
胸が、強く締め付けられた。
おんりーは思わず立ち止まった。
「……おんりー?」
おらふくんが振り返る。
「どしたん?」
「……いや」
息を整える。
「ちょっと、休憩しよっか」
「ええよ! 疲れた?」
「……少しだけ」
近くのベンチに腰を下ろす。
おらふくんは心配そうに隣に座った。
「……やっぱり、無理してへん?」
その声が優しくて。
おんりーは、何も言えなくなった。
「……してないよ」
「……そっか」
おらふくんは、少しだけ視線を落とした。
「でも、今日は俺に合わせんでええからな。ゆっくりしよ」
「……うん」
沈黙が落ちる。
ふたりの間を、穏やかな風が通り抜けた。
おんりーは、隣にいるおらふくんをそっと見た。
今なら言えるだろうか。
「好きだよ」と。
たったひと言。
それだけなのに。
「……おらふくん」
「ん?」
「……俺さ」
おらふくんが、こちらを向く。
おんりーは、唇を開いた。
「……」
言えなかった。
喉の奥で、言葉が止まった。
もし伝えてしまったら。
もし、この笑顔が消えてしまったら。
「……なんでもない」
結局、いつもの言葉に逃げてしまった。
おらふくんは、少しだけ不思議そうにしたけれど、それ以上は聞かなかった。
「……そっか」
そして、ふっと笑った。
「ほな、もうちょっとだけ一緒におろ?」
おんりーの目が揺れた。
「……うん」
その言葉だけで、十分だった。
もう少しだけ。
もう少しだけ、この人の隣にいたい。
3.隠せなくなったもの
帰宅したあと。
おんりーは、玄関でしばらく動けなかった。
楽しかった。
本当に、楽しかった。
今日のことを、きっと忘れない。
おらふくんが笑った顔も。
一緒に歩いた道も。
隣に座って、何気ない話をした時間も。
全部。
全部、大切だった。
「……よかった」
小さく呟く。
その瞬間、胸の奥に強い痛みが走った。
「……っ、あ……!」
おんりーは壁に手をついた。
息が乱れる。
胸元を押さえても、痛みは引かなかった。
服をめくると、ツタがさらに広がっていた。
胸の中央から、鎖骨の下へ。
左右へ枝を伸ばしながら、心臓のあたりを囲むように。
「……なんで……」
声が震える。
今日、あんなに楽しかったのに。
おらふくんと一緒にいられたのに。
どうして。
どうして、こんなに苦しいんだろう。
「……もう、やめてよ……」
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。
この病気に?
自分の気持ちに?
それとも。
好きな人を好きでいることしかできない、自分自身に?
おんりーは、ゆっくりと床に座り込んだ。
目の奥が熱くなる。
泣くつもりなんてなかった。
けれど、涙は止まらなかった。
「……好きなんだよ……」
誰もいない部屋で、呟く。
「……おらふくんが、好き……」
伝えたい。
本当は、ずっと。
でも、怖い。
この恋を失うことが。
今までの関係が壊れることが。
何よりも。
自分の気持ちを知ったおらふくんが、困った顔をすることが。
想像するだけで、胸が締め付けられた。
おんりーは、服を戻した。
そして、震える手でスマートフォンを取った。
おらふくんとのメッセージ画面を開く。
今日撮った写真が送られてきていた。
『今日はありがとう! めっちゃ楽しかった! また行こうな!』
おんりーは、その文章を何度も読み返した。
また行こう。
その言葉が、眩しかった。
「……うん」
画面に向かって、小さく頷く。
「……また、行きたい」
そして、返信した。
『こちらこそ。楽しかった。また行こうね』
送信。
たったそれだけのやりとり。
なのに、胸がいっぱいになった。
おんりーはスマートフォンを抱えるようにして、目を閉じた。
――また、会いたい。
――また、一緒に笑いたい。
――まだ、伝えていないことがある。
その夜、おんりーはひとつの決意をした。
いつか。
いつか、ちゃんと伝えよう。
病気がどうなっても。
怖くても。
いつか、自分の言葉で。
「……好きだよ」って。
けれど、その「いつか」が。
思っていたよりずっと、近くまで迫っていることを。
おんりーは、まだ知らなかった。
4.最後のメッセージ
深夜。
眠れないまま、ベッドの中でスマートフォンを見つめていたおんりーのもとに、メッセージが届いた。
『おんりー、もう寝た?』
おらふくんだった。
おんりーは、すぐに返信した。
『まだ起きてる』
数秒後。
『今日、ほんまにありがとうな』
『急にどうしたの笑』
『いやー、なんか言いたくなって!』
おんりーは、ふっと笑った。
『こちらこそ』
『また一緒に行こうな』
その言葉を見つめる。
何度も、何度も。
それから、ゆっくりと文字を打った。
『うん。絶対ね』
送信する。
すぐに返事が来た。
『約束!』
おんりーは、その二文字を見つめたまま、スマートフォンを胸元に抱き寄せた。
「……約束、か」
小さく笑う。
守りたい。
この約束も。
この関係も。
この気持ちも。
全部。
「……おやすみ、おらふくん」
メッセージを打とうとして、やめた。
代わりに、画面をそっと閉じた。
明日、また話せばいい。
また声を聞ける。
また笑える。
そう信じて、目を閉じた。
その夜。
おんりーの胸元で、ツタは静かに伸び続けていた。
コメント
1件
うわあ……読んでて胸がぎゅっとなりました。おんりーくんが「好き」って言いたくて言えなくて、でも今日という一日を本当に大切にしていて……その切なさが痛いほど伝わってきました。特にベンチで言葉を飲み込むシーンと、帰宅後に一人で呟く「好きなんだよ」の対比が印象的でした。「恋を失うより関係が壊れるのが怖い」って、すごくリアルな感情ですよね。花締病の進行が気持ちとリンクしているような描写も、うまいなあと。次の展開が気になります……!