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「それで、鯖の味噌煮込み定食のご感想は」
宗親さんに、腰をしっかりホールドされながらフラフラ歩きつつ、彼のお顔を見上げて尋ねたら「すみません、実はまだ食べていないんです」と吐息を落とされた。
 「えっ。何れれしゅか」
 「キミが……心配だったからに決まってます」
 怖い顔で見下ろされて、アレコレ酷い状態のまま家を出てきたことを思い出して。
 「しゅみませ……」
 思わず原因は宗親さんだったことを失念して謝ってしまったと同時、カラランと言う聞き慣れたドアベルの音がして、私は「ん⁉︎」と思う。
 「Misoka?」
 琥珀色の照明と、落ち着いたクラシック音楽。
アルコールと食べ物と、恐らくお客さんが纏う煙草の残り香――店内は禁煙だから――などが入り混じったこの独特な雰囲気は、今日来る予定にしていてドタキャンしてしまったMisokaに違いなくて。
 
 「明智、今日は本当にお世話になりました」
 私を伴ったまま真っ直ぐカウンターに近付いた宗親さんが、カウンター内に立つマスターに声を掛けた。
 明智さんと呼ばれたマスターが、こちらにチラリと視線を向けるなり「織田、マジで心配掛けるなよな。こっちも今夜は貴重な予約客を失って大損害だ」と苦笑する。
 今日はお客さんが来始める時間帯に雨が降ったから?
 そんな風に、いつもより客の入りが少ないのを気にしていたところへそのやり取りを聞いた私は、私たちが予約をしておきながら穴をあけたのが影響してる⁉︎と気が付いて何だか申し訳ない気持ちになった。
 「ごめ、なしゃ……」
 消え入りそうな声で謝ったら、すかさず「春凪は悪くない。単なる明智の営業努力不足です!」と言う宗親さんの声と、「キミは悪くない。悪いのはキミを悲しませた織田だから!」と言う明智さんの声がほぼ同時に投げかけられて、私は息ぴったりな二人に思わず瞳を見開いた。
 「明智に言われるのは心外なんだけど」
「こちらこそ同じなんだけどね⁉︎」
 仲睦まじく(?)言い合いしている姿も何だかとても様になっていて。
 この二人が同級生だと言うのは、先程宗親さんご本人から聞いて知ってはいたけれど、実際にこうやって歯に衣着せぬ問答をしているのを見ると、変な感じがしてしまう。
 だって前にここで初めて宗親さんと対面した時、二人は微塵もそんな感じじゃなかったもの。
 (あれは二人でわざとあんな雰囲気になるよう示し合わせてたのかな?)
 何のためかは分からないけれど、私、まんまと騙されていたんだ、って思って。
 
 「お二人は本当に仲の良いお友達なんれしゅね」
 ホワホワとしながらもムゥーッと二人を睨み付けたら、「あれ? 柴田さん、ひょっとして出来あがっちゃってる?」と、明智さんにキョトンとされた。
 さっきまで喧嘩してたくせに。
私の言葉でいつも通りの涼しいお顔になった二人に、内心「言い合い、もう終わりなの?」と密かに残念に思っていたら。
 
 「ええ、どうやら僕のせいらしいです」
 言って、宗親さんが嬉しそうにフワッと笑ったのを、明智さんが見逃さなかったのが嬉しい。
 「げっ。織田。何、お前その笑顔っ。……らしくなくてすっげぇ気持ち悪ぃーんだけど」
 明智さんがボソッとつぶやいて。
私の方をチラリと見て「柴田さんの影響か?」と苦笑する。
 
 「ねぇ柴田さん、もう聞いた? コイツがキミに、引いちゃうくらいご執心だった話」
 言われて私はキョトンとする。
 「何れすか、しょれ」
 ぽやんとつぶやいたらちょいちょいっと手招きされて。
 私は「春凪っ!」という宗親さんの静止を無視して、カウンターに手をつくようにして明智さんの方へ身を乗り出した。
 明智さんは私の耳元に唇を寄せると、
 「今度お友達と飲みに来て? その時たくさん話してあげる」
 言ってクスッと笑うの。
 「ひゃわっ」
 宗親さん以外の男性からこんな風に耳元でささやかれたことのなかった私は、その声にゾワリとして思わず耳を押さえてしまう。
 よく考えたら元カレはこう言うこともしない人だった。
 「明智っ!」
 宗親さんが私の腕をグッと引っ張ってギュッと抱きしめると、低い声音で明智さんを牽制して。
 「そんな怒るなよ、織田。お前が俺の努力が足りないって腐すからさー、ちょっと頑張って営業活動しただけだろ?」
 明智さんは宗親さんの威嚇なんてちっとも気にしていないみたい。
 
 「ね、柴田さん。次に来てくれる時は予め連絡して? ブリア・サヴァラン用意しとくから。――絶対あのショートカットのお友達と一緒に、だよ⁉︎ そしたら俺、二人にコッソリ持ち帰りのプレゼントも付けちゃう!」
 ブリア・サヴァラン!
夏が旬のフレッシュタイプのチーズだっ!
前にマスターからオススメしてもらって、私、フルーツと一緒にスパークリングワインでいただくのが気に入ってるのっ♡
 宗親さんの腕の中で目をキラキラさせながら「近いうちに絶対ほたるを連れて来ましゅ! フルーツとシュパークリングワインも用意しといてくらしゃい♡」と言ったら、宗親さんが盛大に溜め息をつきながら「明智、うちの春凪を餌付けするの、やめてもらえますか?」とつぶやいて。
 「春凪もっ! チーズやフルーツやスパークリングワインならいくらでも僕が買ってきますから明智に懐かない!」
 って怒ってくるの。
 「えーっ」
 私が不満を口にするのと、
 「営業妨害するなら織田にはもう酒もチーズも取り寄せてやんねーぞっ」
 と明智さんが言ったのとがほぼ同時で。
 宗親さんが家に蓄えている珍しいチーズや美味しいお酒の数々は、Misoka経由だったことを私、初めて知ったの。
 通りで。
私の好みを熟知したチーズやお酒のラインナップだなって思ってたんですよぅ!
 Misokaのオーナーなら、私の好み、よく知っておられるもの。
 というより私が好きなチーズとお酒の組み合わせ、ほぼ八割方Misokaで食べたことがあるもの、だから。
 新事実に「はわわ〜。なるほどぉ〜」と一人浸っていたら、
 「それにっ! お前だけ恋が実ってるのずるいだろ……⁉︎」
 明智さんから小さくつぶやくように落とされた言葉が不意に耳に入ってきて、私は「え⁉︎」と思う。
 あ! さっきから明智さんが〝友達連れ〟にこだわってるのって……。
 「明智しゃっ、もしかしてほたりゅのこと……」
 言ったら、「そうだって言ったら柴田さん、協力してくれる?」とか。
 「勿論れすっ!」
 私が鼻息も荒く前のめりになったのは言うまでもない。
 私を抱く宗親さんの腕の力が強まってなかったらきっと、カウンターにバン!って手をついてたと思うの。
 「やぁ〜ん。恋バナ楽しぃ〜っ♡」
 キャイキャイする私の反応が気に入らなかったのかな。
 宗親さんが小さく吐息を落としてから
 「さぁ、春凪。そろそろ時間です。ほたるさんのお家へ向かいましょうか」
 って言ってきて――。
 今までほたるのこと、〝お友達〟としか呼んでこなかったのにこれ、絶対わざとだよねっ⁉︎って思って宗親さんのお顔を振り仰いだら、これでもかっ!ってくらいの腹黒スマイル。
 「お、織田っ、お前っ……」
 明智さんがソワソワするのを満足そうにニッコリ微笑んで見返すと、「申し訳ない。ほたるさんの住所とか、僕の方が先に知っちゃうね」って物凄い意地悪を言うの。
 「あ、あにょっ!」
 私が慌てるのを完全無視して、宗親さんは「行きましょう」って肩を抱くようにして、半ば無理矢理Misokaから連れ出した。
 
 ***
 
 「宗親しゃ、さすがにさっきのはしゅっごく意地悪ですっ!」
 
 車に押し込まれてシートベルトで拘束されて……。
 あまりの手際の良さにムムッと唇を突き出して抗議したら、助手席側外から覆いかぶさるようにして、思いっきり唇を塞がれてしまった。
 「……ぁ、んんっ!」
 しかも思いっきりディープなやつだったから、解放された時には息が上がってしまって抗議の言葉が紡げなくて。
 肩で息をしながら宗親さんを見つめたら、
 「明智が春凪に餌付けしたのが悪い……」
 私の顔を真剣に見下ろす宗親さんにそんなことを言われて驚いてしまう。
 思わず「へっ?」って間の抜けた声を出したら、「あっちが本気になってキミにアレコレ出してきたら、僕は絶対敵わないじゃないですか……」とか。
 わわわっ。
なに、なに、なに⁉︎
何でそんな眉根寄せて不安そうなお顔なさるの?
 「……だから」
 私が思わずそのお顔にほだされそうになったと同時。
 「んっ」
 宗親さんが私にもう一度キスをしてから言うの。