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第〇話 白いチョーカー
休日。
紫陽花は大きな紙袋を抱えながら歩いていた。
その隣には玲奈がいる。
「本当にありがとうございました」
紫陽花が頭を下げる。
玲奈は苦笑した。
「まだお礼言うの?」
「だって、何時間も付き合ってもらったので」
実際、二人は昼前からずっと買い物をしていた。
新人モデルとして、もっと服を勉強したい。
そう相談したのは紫陽花だった。
玲奈は快く引き受けてくれた。
けれど本当は知っている。
玲奈は忙しい。
撮影もある。
編集もある。
それでも時間を作ってくれた。
そのことが嬉しかった。
「でも楽しかったよ」
玲奈は笑う。
いつもの笑顔だった。
けれど少しだけ疲れて見えた。
紫陽花は気づいていた。
店を回るたびに玲奈はさりげなく壁にもたれたり、足を止めたりしていた。
それでも一度も弱音を吐かなかった。
だから。
今日渡そうと決めていた。
「玲奈さん」
「ん?」
紫陽花は紙袋から小さな箱を取り出した。
玲奈が首を傾げる。
「これ」
差し出す。
「この前のお返しです」
玲奈が目を瞬かせた。
「お返し?」
「はい」
紫陽花は少しだけ意地悪く笑う。
「開けてみてください」
玲奈は言われるまま箱を開いた。
そして固まる。
中に入っていたのはチョーカーだった。
白いチョーカー。
紫陽花が着けている黒いチョーカーとは対照的な色。
夕陽を受けて静かに輝いていた。
玲奈の呼吸が止まる。
言葉が出ない。
ただ見つめる。
何秒も。
何十秒も。
「……どうして」
やっと出た言葉はそれだった。
紫陽花は少し困ったように笑う。
「どうしてって」
当然のことを言うように続ける。
「お返しです」
玲奈は目を閉じた。
その瞬間。
胸の奥で何かが崩れた。
黒いチョーカーを渡した日。
緊張していた紫陽花。
少しずつ成長していく姿。
初めて名前を呼んだ日。
買い物を頼ってくれた今日。
全部が頭の中を巡る。
なぜだろう。
嬉しかった。
ただ嬉しいだけじゃない。
もっと深い感情だった。
ずっと積み重ねてきたものが。
報われた気がした。
ぽたり。
涙が落ちる。
紫陽花は目を見開いた。
「えっ」
玲奈自身も驚いていた。
泣くつもりなんてなかった。
けれど涙は止まらない。
「れ、玲奈さん?」
紫陽花が慌てる。
「ご、ごめんなさい」
玲奈は首を振る。
「違う」
「似合わなかったですか?」
「違う」
「重かったですか?」
「違う」
「じゃあなんで……」
玲奈は少し笑った。
泣きながら。
「嬉しくて」
その一言だった。
紫陽花は黙る。
そして困った。
本当に困った。
泣いている人を慰めた経験なんてない。
どうすればいいのか分からない。
何を言えばいいのかも分からない。
沈黙。
数秒。
数十秒。
やがて紫陽花は決意した。
ゆっくり玲奈へ近づく。
そして。
そっと抱きしめた。
玲奈が固まる。
紫陽花も固まっていた。
自分でやっておいて緊張している。
それでも。
何かしなければと思った。
だから。
「よしよし」
それしか言えなかった。
玲奈は思わず吹き出しそうになる。
泣いているのに。
笑いそうになる。
なんて不器用なんだろう。
けれど。
不思議だった。
その抱擁は温かかった。
安心した。
ずっと張り詰めていたものがほどけていく。
紫陽花の肩に額を預ける。
「玲奈さん?」
返事をしようと思った。
けれど身体が重い。
眠気が押し寄せる。
今日の撮影。
編集作業。
そして買い物。
思った以上に無理をしていたらしい。
「れなさん?」
声が遠い。
「……少しだけ」
呟く。
「安心した」
それが最後だった。
玲奈の身体から力が抜ける。
紫陽花は固まった。
数秒。
状況を理解する。
「……寝てる?」
返事はない。
規則正しい寝息だけが聞こえてくる。
紫陽花は呆然とした。
腕の中には眠る玲奈。
首元にはまだ着けられていない白いチョーカー。
夕陽が静かに二人を照らしていた。
瀬名 紫陽花
鬼宮です‼️🫧🪄
コメント
1件
めっちゃ良かった……!玲奈が最後に「嬉しくて」って泣くところ、じわじわ来たわ。紫陽花の不器用な「よしよし」も抱きしめる必死さが伝わってきて、逆に泣ける。白いチョーカーが黒の対比になってるのも好き。玲奈ずっと無理してたんだなって思うと、この安心が報われてほしい。次も楽しみにしてる🔥