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瀬名 紫陽花
鬼宮です‼️🫧🪄
第〇話 白いチョーカー
「……少しだけ」
玲奈は紫陽花の肩に額を預けたまま呟く。
「安心した」
その声はとても小さかった。
紫陽花が返事をしようとした時には、もう聞こえていなかった。
規則正しい寝息。
玲奈が眠っていた。
「……え」
紫陽花は固まる。
腕の中には玲奈。
普段は余裕そうな大人。
いつも自分を導いてくれる人。
その人が今は無防備に眠っている。
「どうしよう」
小さく呟く。
けれど起こすのも可哀想だった。
結局そのまま近くの公園へ移動し、ベンチへ腰掛ける。
気づけば玲奈の頭は紫陽花の膝の上にあった。
夕陽が少しずつ傾いていく。
風が吹く。
木々が揺れる。
玲奈は起きない。
紫陽花はぼんやりと寝顔を見つめていた。
綺麗だと思った。
普段は見られない表情だった。
穏やかで。
どこか安心したようで。
そして少しだけ幼く見えた。
「……」
不思議な人だ。
そう思いながら首元の黒いチョーカーに触れる。
気づけばそれが癖になっていた。
どれくらい時間が経っただろう。
玲奈の睫毛が揺れる。
「……ん」
ゆっくり目が開いた。
夕焼け空が視界に映る。
そして。
頭に伝わる柔らかな感触。
「起きました?」
玲奈は数秒固まった。
紫陽花。
膝枕。
夕暮れ。
ゆっくりと現状を理解する。
「……私」
「寝てましたよ」
「どれくらい?」
紫陽花は腕時計を見る。
「二時間くらいでしょうか」
「に、二時間!?」
玲奈が勢いよく起き上がる。
紫陽花が驚いて肩を震わせた。
「ご、ごめんなさい!」
玲奈は深々と頭を下げる。
「もっと輝かせてあげるとか偉そうなこと言っておいて!」
「玲奈さん」
「新人に二時間も膝枕させるなんて!」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃない!」
玲奈は本気だった。
顔が真っ赤になっている。
「本当に情けない……」
紫陽花は思わず笑ってしまった。
「そこまで気にしなくても」
「気にするよ……」
しょんぼりした声だった。
その姿が少し可愛く見える。
玲奈はしばらく黙ったあと、小さな声で言った。
「あの」
「はい?」
「もう一回だけ」
紫陽花が首を傾げる。
玲奈は視線を逸らした。
耳まで赤い。
「抱いてもらってもいいですか」
数秒。
沈黙。
そして紫陽花はくすっと笑った。
「それぐらいなら」
玲奈が少し安心した顔になる。
だが。
紫陽花は立ち上がった。
「ほら」
「え?」
「やらないなら帰っちゃいますよ」
玲奈が眉を下げる。
「意地悪……」
そう言いながら。
結局先に動いたのは玲奈だった。
紫陽花の肩へ腕を回す。
ぎこちなく抱きしめる。
紫陽花も静かに受け止めた。
温かかった。
しばらくそのまま時間が流れる。
夕陽が二人を照らしていた。
「その代わり」
不意に紫陽花が呟く。
玲奈が顔を上げる。
「え?」
紫陽花は答えない。
ただ少しだけ距離を縮めた。
ふわりと髪が揺れる。
次の瞬間。
柔らかな感触が触れた。
驚くほど滑らかだった。
まるで果実の表面を指先でなぞった時のような。
甘い香りがした気がする。
ほんの一瞬。
けれど玲奈の思考を奪うには十分だった。
胸が大きく跳ねる。
何が起きたのか分からない。
紫陽花は少しだけ照れたように笑った。
そして玲奈の首元を見る。
白いチョーカー。
夕陽を受けて静かに輝いている。
「白いチョーカー」
玲奈はまだ固まっていた。
「……え」
「似合いますね」
穏やかな声だった。
玲奈の心臓だけが騒がしい。
何も言えない。
何一つ。
紫陽花は満足そうに頷く。
それから鞄の中をごそごそと探り、小さな手鏡を取り出した。
何気なく開く。
そして。
「あ」
思わず声が漏れた。
鏡の中に映っていたのは自分。
けれど。
少し違った。
頬が赤い。
口元が自然に緩んでいる。
目もどこか嬉しそうだった。
見たことのない顔。
知らなかった表情。
紫陽花はしばらく鏡を見つめる。
そして黒いチョーカーにそっと触れた。
「そっか」
玲奈が首を傾げる。
「どうしたの?」
紫陽花は鏡を閉じる。
少しだけ照れながら笑った。
「私」
夕陽がその横顔を照らしていた。
「今、こんな顔してるんだぁ」
玲奈は言葉を失う。
初めて会った日。
写真の中の自分を見て驚いていた少女。
『これが……私?』
そう言っていた紫陽花。
今は違う。
誰かに教えられたわけじゃない。
自分自身で見つけた表情だった。
玲奈は思う。
綺麗だ、と。
どんな写真よりも。
どんな作品よりも。
今この瞬間の紫陽花が。
そして。
もっと撮りたい。
誰よりも先に。
まだ知らないその表情を。
夕暮れの風が静かに吹いた。
白いチョーカーが揺れる。
黒いチョーカーも揺れる。
二人の時間だけが、ゆっくりと流れていた。
コメント
1件
うわあ、この第6話、すごく良かったです……。玲奈さんが無防備に眠ってしまうところから、紫陽花が膝枕して、最後に「白いチョーカー」って言いながらキスする流れ、全部が優しくて切なくて。特に、紫陽花が鏡で自分の知らなかった表情を見つけるシーンが印象的でした。「今、こんな顔してるんだぁ」って、彼女が自分で自分の変化に気づく瞬間、すごく大事だなって思います。玲奈さんの「もっと撮りたい」という気持ちにもグッときました。二人の距離が確かに縮まった回でしたね。