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凪川 彩絵
#独占欲
「けど残念だな。もう払っちまった」
「じゃあ、今から振り込みます」
瑠璃香は、バッグからスマートフォンを取り出す。
「振込先、教えてください」
迷いはなかった。
晴永は小さく息を吐く。
「……ったく。分かった。半分な」
送金完了の通知音が鳴る。
瑠璃香は画面を見せた。
「これで、フェアです」
晴永は数秒だけ彼女を見つめる。
「……そうだな」
ほんのわずかに目を細める。
「ちゃんと、対等だ」
わずかに苦笑して、再び歩き出した。
***
歩きながら、晴永が何もない薬指に一瞬だけ視線を落とす。
「……俺の父親な」
そうしてぽつりと、まるで独り言のように口を開いた。
速度を落とした晴永を追い越しそうになった瑠璃香が足を緩め、隣に並ぶ。
「逃げたんだ」
淡々とした声音。
「俺がまだ子どもの頃。色々あって……家ん中がギスギスしていた時期があってな……」
言葉が途切れる。
瑠璃香は何も言わず、ただ隣を歩いた。
「母は強くて……正しい人だった。逃げるって選択肢も、親父に逃げ道を与えるって優しさも持っていなかった」
晴永は小さく息を吐く。
「親父は……かなり弱ってたんだと思う。よく〝全部捨てて逃げたい〟って弱音を吐いてた」
夕方の空を見上げる晴永の目には、何かが思い浮かんでいるようだった。
「そんなときにな、親父の弱さを全部肯定してくれる人が現れたんだ」
「……」
「――で、ある日突然、帰ってこなくなって……それっきりだ」
短い沈黙のあと、晴永が何もない自身の左手薬指を撫でる。
「家には、親父が外していった指輪だけが残った」
瑠璃香の指先も、つられるように自分の薬指へ触れた。
「だから……指輪を贈るって言いながら、俺は形ってのを信用しきれてなかった」
契約も、約束も、指輪も。
「全部、簡単に反故にできる。外せば終わりだって、……どこかで思ってた。でも……」
晴永はまるで表情を見られたくないみたいに瑠璃香の方を見ないままに続ける。
「さっき、お前が半分払うって言ったとき――」
そこで、ほんのわずかに声が柔らいで、視線が瑠璃香の方を向いた。
「……ああ、こいつはちゃんと自分のものにする気なんだなって思えて……ちょっと救われた」
瑠璃香は、そっと彼の手を握った。
「だから石、いらなかったんです」
指を絡める。
「外さなくていいように……。毎日の中に、ちゃんと溶け込ませておけるように……」
握られた指先が、静かに重なる。
まだ何も嵌っていない二人の薬指は、それでもどこか、もう離れない形をしていた。
コメント
1件
はるながさん、半分にそんな意味を感じたんだ。