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「ふむふむなるほど。あなたの懺悔を一言で纏めると、犯行は元京都府警察部特別高等警察課長が設立した団体、護国輔翼会によるものだと思われるけど、課長に報告したら事実を秘匿し、犯人不明とするよう通達が出た。だからもう、うやむやにしてぐるぐるのめためたに丸めて、闇にぽいっと葬った。ぶっちゃけそうゆう感じだよね?」
不審げなアキナが、軽くも鋭い指摘を飛ばす。
「仰る通りです。貴方方に虚偽を述べる愚行を、どうかお許しください」と、平良は苦しげに言葉を捻り出した。
「保身の目的で真実を歪め、無辜の被害者家族を欺いた罪は、あまりにも重い。遺漏なく追及しますので、ご覚悟を」
平良の告白が終わると、クウガは冷酷に告げて立ち上がった。峻厳な雰囲気を纏ったまま出口へと歩き始めた。蓮は平良を責めたかったが、どうにか気持ちを抑えてクウガに従いていった。
四人は緒形宅に戻り、再び居間の卓袱台を取り囲んだ。
「特別高等警察、通称『特高』は、大戦前に生まれました。目的は『国家に危険を齎す行為・集団の除去』。聞こえは良いですが、当局の意に添わない思想の排除を主眼としており、主に社会主義団体が弾圧を受けていたと聞きます」
あまりにも整った正座姿で、クウガは淡々と語った。
「ドイツ、イタリア、フランス、アメリカ。日本の特高だけじゃあなく、戦後に神人は、その手の団体や団体設立の動きを、根こそぎ完璧、徹底的に潰して回った。そこはみーんな超一流の格闘家だ。正義感に溢れた熱血人間ばっかだからね。
植民地政策も、搾取的なものは全部やめさせた。イギリスのインド、アメリカのフィリピンなどなど。この国にも、韓国、台湾、遼東半島の関東州を諦めて貰ったよね」
落ち着いた顔のアキナが、同じ調子で言葉を引き継いだ。
「警察が護国輔翼会を庇う理由は……」深慮した蓮が静かに問うと、アキナは小さく頷いた。
「上り調子の政治団体、輔翼真政会を傘下に収めてるからね。警察としても、政情は気になる。犯人かもって思っても、あれこれ考えるとそうだっておおっぴらにはできないよね。トップが警察出身だとなおさらだよ。とっても胸糞の悪い話だけどさ」
「護国輔翼会は、愛国者の集まりです。十九世紀末の日清戦争、世界大戦中の対華二十一箇条要求を機にこの国で盛んになった、支那蔑視の風潮が異常なまでに強い。八卦掌の使い手である正治さんは、親中派と危険視されて殺された。真相は、こんなところでしょう
また別働隊が調べていた、鴨川沿いで我々が受けた銃撃、砲撃についても調査結果が入手できました。犯人こそ捕まえられませんでしたが、まず間違いなく護国輔翼会の仕業です」
アキナとクウガは、あくまで粛々と語った。
(父さんは、そんなわけのわからない理由で殺され……。 いったいどこまでふざけりゃあ……。親中派であることの何が罪だっていうんだ!)
蓮が怒り心頭でいると、クウガは射抜くような視線を蓮に遣った。
「今日は巻き込んで申し訳なかった」クウガは沈んだ調子で言った。
「ああ、腕のことか。気にしなくていいよ。自分の意志でついていったんだから、危ない目に遭っても他人のせいにはしない」
蓮は決意を込めて応じた。クウガは今度は雪枝に視線を向ける
「明日、私たち二人は、護国輔翼会に自首を勧告します。ただ到底応じるとは思えないため、同時並行で諜報活動等の準備を進める。
勧告の期限が来たら、私たちは敵の本拠地を叩きます。おそらくは神人ではなく、何らかの原因で後天的に習得した者でしょうが、敵には間違いなく|超念武《サイコヴェイラー》遣いがいる。だから苦戦も充分に考えられる。しかし必ず、良いご報告ができるよう死力を尽くします。貴方方二人は、いつも通りの生活を……」
「俺も行くよ」蓮はきっぱりと、クウガの台詞を遮った。意志を籠めた蓮の眼差しに、クウガは驚いたかのように僅かに目を見開いた。
「蓮くん、本気の本気なの? 私たちは守ってあげられるかわかんない。今度は腕の傷じゃあ済まないかもしれない。とてもとっても、危険なんだよ?」
真剣な表情のアキナは、言い聞かせる風に尋ねた。隣の雪枝も、心底不安そうな面持ちを見せている。
蓮はすぐに、まっすぐにアキナを見返す。
「殺されたのは大好きな父親だ。他人任せで、のうのうと結果の報告を家で待ってるなんて真似、できるわけがない。頼むよ、俺だけでも連れて行ってくれ。ここで蚊帳の外にされると一生、後悔する」
一秒、二秒。蓮の真摯な頼みごとに、しばし一同は無言だった。
だが、「わかりました」と、クウガが、あっさりと沈黙を破った。
「自分にも父親がいます。父を想う蓮さんの気持ちはよく理解できる。尊大な言い草になりますが、同行を許可します。報告を待っているにしても、護国輔翼会の手のものに狙われないとも限りませんし。ただし、負傷などはすべて自己責任で頼みます」
クウガの実直な口振りに、納得したような顔付きのアキナも、うんうんと大きく首肯した。
すると雪枝が、蓮の両腕をぎゅっと掴んだ。懇願するかのように、苦しげに眉を顰めている。
「私が行っても重荷にしかならず、みなさんを危険に曝す羽目になります。だから明日、私は行きません。でも蓮。お願いだから、無事に帰ってきて。ね。正治さんに加えて貴方まで失ったら、私……」
「ああ、約束する。俺は、絶対に帰ってくるよ」力強く即答すると、雪枝は弱々しく微笑んだ。
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