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「……で、いつから好きだったの?」
落ち着きを取り戻したふっかさんは、グラスを置いて俺をまっすぐ見た。
「え?」
「いや、だってさ、急に好きになったわけじゃないんでしょ? どのタイミングで”あ、俺、岩本くんのこと好きだわ”って思ったの?」
「あー……」
少し考える。
(いつから……?)
最初は尊敬だった。
それが 尊敬 から 好きに変わったのは……
「たぶん、気づいたのは最近だけど……前からなんとなく”特別だな”とは思ってて」
「特別?」
「はい。ほら、岩本くんって……俺が迷ってるとき、何も言わなくても気づいてくれるから」
「あー、わかる」
「そういうのが積み重なって……気づいたら、めっちゃ意識してて」
「ふーん……。で、自覚したのはいつ?」
「……たぶん、遠征のときかな」
「おっ、つい最近!」
深澤くんが楽しそうに身を乗り出す。
「なんかあったの? その遠征で」
「いや、その……なんか、普段見ない岩本くんの姿見て……」
「ほう?」
「いや、もういいじゃないですか、この話」
「ダメダメ! ここまで言ったらちゃんと話してもらわないと!」
深澤くんがニヤニヤしながら追及してくる。
「それで? どんな姿見て、どう思ったわけ?」
「……なんか、シャワー上がりで、髪濡れてて、タオル肩にかけてて……」
「あぁ~、あの感じね。あれは確かにカッコいいよな」
「……で、なんか、無防備な感じがして、ドキッとして……」
「ふむふむ」
「……落ち着かなくなって、コンビニ行きました」
「逃げたんだ?」
「まぁ、そんな感じです」
「ふーん……で?」
深澤くんが面白がってるのがわかる。
「……で、お酒買って、一気に飲んで」
「はいはい」
「……で、酔って……」
「うん」
「……そのまま、寝た」
「おー、健全健全」
「…………」
「…………?」
「……いや、違うな」
「ん?」
「……寝る前に……ちょっと……」
「ちょっと?」
「…………」
「目黒?」
「…………その、岩本くんを思い出して……」
「……うん」
「…………致しました」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………あ」
ふっかさんの顔が一瞬で固まるのを見て、自分がとんでもないことを口走ったことに気づく。
「……え?」
「いや、あの……ちょっと……」
「……目黒……今……何て……?」
「……いや、なんでもないです。忘れてください」
「忘れられるか!!!!」
ふっかさんがテーブルに突っ伏した。
「おいおいおいおい!! 目黒! お前!! ちょ、待て! え? え!? えーっ!?!?」
「……すみません、言いすぎました」
「いやもう、遅いから!! えっ? お前、照で……?? えっ?? マジで???」
「……なんでもないです」
「いやいやいや、そういうのはもっと早く止めろよ!! 俺、もう聞いちゃったから!!!」
ふっかさんはガシガシと頭を掻きむしり、真っ赤な顔で俺を睨む。
「……はぁぁぁ……お前ってやつは……!!」
「すみません……」
「……いや、もう……今さらだよ……」
ふっかさんは深いため息をつくと、頭を抱えながらグラスの酒を一気に飲み干した。
「……もう、どうしようもねぇな、目黒」
「ほんとに、すみません……」
「……あぁ~~~俺、めっちゃ後悔してる……相談相手、俺じゃなくてよかったんじゃねぇの……?」
「いや、ふっかさんに聞いてほしかったから」
「それは聞いたけど!俺のメンタル、完全に無視かよ……」
ふっかさんには申し訳なくなったけど、なんだか肩の荷が下りた気がしていた。
それに反応は予想以上にすごかったけど……でも、全部話せた。
(……少し、楽になったかも)
そんなことを思いながら、冷めかけた酒をゆっくりと口に含んだ。
ふっかさんは、しばらく頭を抱えたまま、何度か小さく息を吐いた。
さっきまでの動揺を落ち着かせるように、グラスの水を一口飲むと、真剣な顔で俺を見た。
「……で、目黒はどうしたいわけ?」
「え?」
「目黒が、照のこと好きなのはわかった。でも、このままでいいの? それとも……どうにかしたいと思ってる?」
ふっかさんの低い声に、無意識に背筋を伸ばした。
「……そりゃ、付き合えたらいいなとは思ってます」
「だよな」
「でも……」
「でも?」
「……俺たち、アイドルなわけで」
視線を落とし、指でコースターの端をなぞる。
「この関係が壊れちゃうのが……怖い」
「……」
「もし……もし万が一、気持ちを伝えてダメだったら、今までみたいに隣にいられなくなるかもしれない」
「……」
「それが一番、怖くて」
ポツリと漏らした本音に、ふっかさんはしばらく黙っていた。
俺はうっすらと顔を上げ、ふっかさんの表情を窺う。
「……まぁ、アイドルとしての立場ってのは確かに考えなきゃいけないな」
ふっかさんはそう言いながら、少し考えるように唇を噛んだ。
「でもさ、そんなことで壊れるような関係じゃないだろ?」
「……え?」
「目黒と照の関係って、そんな簡単に壊れるもんか?」
一瞬、言葉を失った。
「だって、目黒が照をどれだけ大事に思ってるか、俺には十分伝わってるよ」
ふっかさんの目がまっすぐ俺を見据える。
「それに、照だって、目黒のことめちゃくちゃ信頼してるじゃん」
「……」
「そんな二人が、たった一回気持ちを伝えたくらいで終わるような関係なのか?」
「……」
「……俺は、そうは思わないけどな」
ふっかさんの静かな言葉が、まっすぐ心に響いた。
「……頑張るだけ頑張ってみたら?」
「……」
「何もしないで諦めるより、後悔しない方がいいんじゃね?」
「……ふっかさん」
「もちろん、アイドルとしての立場もあるし、慎重に考えなきゃいけないけど……」
ふっかさんは少し微笑んで、肩をすくめた。
「俺は、めめが後悔するのは見たくないよ」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……ありがとうございます」
「おう。でも、何かあったらまた相談しろよ? 俺のメンタルが持つ限り」
「いや、もう結構きつそうですけど」
「ほんとそれな」
二人で小さく笑い合う。
少し肩の力が抜けた俺は、ふと気になっていたことを口にした。
「……そういえば、岩本くんの恋愛って、どんな感じなんですかね」
「ん?」
「今まで、彼女とかいた?」
深澤くんは「んー……」と少し考えてから、口を開いた。
「まあ、いたことはあるよ」
「そうなんだ」
「そんなに多くはないけどな。基本、あいつって仕事とトレーニング優先だから」
「……どんな人だった?」
「んー、どっちかっていうと落ち着いた感じの子が多かったかな」
「それに照は、恋愛には結構慎重なタイプだな」
「慎重?」
「うん。あんまりガツガツいく感じじゃないし、好きになったとしても、しっかり相手のこと考えてからじゃないと動かないっていうか……」
「……」
「でもまあ、はっきり言っちゃうと……」
ふっかさんは少し言いづらそうにしながらも、ゆっくり言葉を続けた。
「照の恋愛対象は、女の人だよ」
「……あぁ」
わかっていた。
わかっていたはずなのに、その言葉が改めて突きつけられると、頭がズキズキする感覚に襲われる。
「目黒……」
「大丈夫です」
無理やり笑ってみせる。
「そんなの、最初からわかってるんで」
「……そっか」
「俺だって、どうにかなるとは思ってないし……ただ、聞いてみたかっただけなんで」
ふっかさんが、じっと俺を見つめる。
(それでも、好きなんだよな……)
言葉にはしなかったけれど、その想いは痛いほど胸の中にあった。
今まで以上に、手の届かない人だとわかってしまったのに——
それでも、この気持ちは消えてくれなかった。