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こちらは、某実況者様のお名前をお借りした二次創作になります。
以下に書かれた注意書きを必ずお読み下さい。
・登場人物等、全てにおいて捏造
・ご本人様とは一切関係がございません。無断転載、晒し、その他のご本人様にご迷惑をおかけするような行為は絶対におやめ下さい。
・誹謗中傷の意は一切ありません。
・公共機関での閲覧を禁止します。
以上のことに納得していただける方のみ、お進み下さい。
・rbsha
・ナチュラルに軍パロ
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たった今、シャオロンは人生で一番と言っても過言ではないほどの衝撃を前に立ち尽くしている。
血生臭い掃き溜めのような裏路地で、当時幼かった自分をグルッペンが見つけ出した時。総統室で割ってしまった壺の値が自分の給料の半年分だと知った時。鬱がとんでもないガバをやらかして重要機密情報を敵国に抜き取られた時。
今まで生きてきて、いわゆる驚愕にカテゴライズされるような場面にたくさん出会ってきた。しかし現在、それらを軽く凌駕するほどの、まさに青天の霹靂をシャオロンは覚えていた。
「シャオロン?」
その原因――もといロボロが、シャオロンの名を不思議そうに呼んだ。あまりの衝撃に言葉を失っていたシャオロンは、ロボロの手のひらに収まる”それ”をみて今一度、確認のために尋ねようと口を開く。先ほどの言葉は聞き間違いであることを期待して。
「悪い、ボーッとしてたわ。……それ、何?」
「やから言うたやん。付き合って一ヶ月記念のプレゼントや」
付き合って一ヶ月記念。ツキアッテイッカゲツ。
目の前の男の言っている意味がまるで理解できない。人間は驚きすぎると心臓が止まるだなんて眉唾なことをよく耳にするが、どうやら事実らしい。現に今、シャオロンは呼吸を数秒の間忘れていた。
まず前提として、シャオロンとロボロは所謂”恋人”という恋愛感情を伴う関係ではない。誰よりも互いのことを理解し、心を許せる友人としてロボロのことをシャオロンはマブダチと称しており、態度では鬱陶しがるもののシャオロンの言葉を否定しないロボロも、シャオロンのことを同じくマブダチだと認めていたはずだ。それがどういう訳か、マブダチを通り越して知らぬ間に恋人ということになっている。一体どこでそんなことになったのか。頭が追いつかない。
しかし、そんなシャオロンをよそに爆弾発言を投下した当の本人といえば平然とした顔だった。その純粋なマゼンダの瞳が冗談ではないことを雄弁に語っている。
「開けてみ」
そうロボロに促されるがまま、手渡された小さな箱を開封していく。丁寧に結ばれている黄色のリボンが几帳面なロボロらしい。
「……ヘアピン?」
小箱の中に入っていたのは、豚をかたどったヘアピンのようだった。丸々としたつぶらな黒目がなんとも可愛らしい。肝心なのはこれが渡された理由の方なのだが、シャオロンが言及するより早く、箱の中のヘアピンをロボロが手に取った。そしてこちらへ手を伸ばしたロボロはするり、とシャオロンの髪をかき分け、手にしたヘアピンを優しい手つきでそのまま髪の毛に挟む。ついでに乱れていた髪も軽く整えると、満足そうに微笑んだ。
「ええやん」
「……あの、えっと、ロボロさん……」
「ん?」
恐る恐る目の前の男を見つめる。ロボロはシャオロンと視線が合うと瞳を細め、どうしたん?と優しい声で続きを促した。
“俺たちいつから恋人になったんですか?”
そう聞いてしまえば良いのに、喉につっかえたように言葉がでてこない。動揺と混乱で言いずらそうに固まるシャオロンをみて何を思ったのか、ロボロは納得いった様子で声を上げた。
「あぁ、もしかしてプレゼント用意してないん?シャオさんのことやから忘れとったんやろ」
的はずれなことを口にした彼が、からかうように悪戯っぽい笑みを浮かべる。違う、そうじゃない。そもそも記念日自体が初耳やねん。
「気にせんでええよ。でも二ヶ月記念は何か用意しといてな」
結局、愉しそうに笑うロボロの言葉を最後まで否定することができず、シャオロンはロボロが去るまで呆然とその場に立ち尽くしたままだった。
◆ ◆ ◆
そしてそれが早朝の出来事。
全く身に覚えのない事実に頭を抱えたシャオロンは、この悩みを吐き出すべく、幹部棟の中でも随一の広さと書物の数を誇る図書室に転がり込んでいた。常に紅茶の甘い香りと紙の匂いに包まれているこの優しい空間を、シャオロンは気に入っていた。
「随分と思いつめた顔をしてますね。何かあったんですか?」
そう穏やかに問うのは、この図書室を管理しているエーミールだ。その隣では同じく図書室を訪れていたらしいゾムが、テーブルの上に置かれたクッキーを咀嚼している。
「……俺、ロボロと付き合って一ヶ月らしい」
「「えっ!?」」
手元にある紅茶が入った暖かいカップをつつきながらぽつんと零したシャオロンの言葉を聞いて、エーミールとゾムが同時に驚愕の声を上げた。仰天する二人に心の底から共感を覚える。シャオロンは長く息を吐いた。
「は、初めて知りました……!!」
「まじで?しかも、らしいって何でそんな他人事なん?」
良いところを突いてくる、とシャオロンがゾムに人差し指の先端を向ける。
「実は俺もさっき知ってん。信じられる?付き合った覚えのない奴から急に一ヶ月記念プレゼント渡されたんやで」
「もしかしてその豚さんのヘアピンですか?」
「そー……」
「ええやん。似合ってんで」
「そういう問題ちゃうねん!!」
愉快そうに笑うゾムに、シャオロンがギャンと吠えた。その表情を見てシャオロンは、こいつ完全に面白がってやがると心中舌打ちを零す。そして本日何度目かわからない溜息をついて机に突っ伏した。
「どうしてこんなことに……」
「な、なにか心当たりは?」
半泣きで嘆くシャオロンをみて、さすがに同情したのか気を遣わしげにエーミールが問うてくる。心当たり、そう言われて一ヶ月前の己の記憶を掘り起こしてみるが、何一つ思い当たらない。第一、どちらが関係を持ちかけたとしたとしても、そんな強烈な記憶を忘れるはずがないのだ。シャオロンが眉間に皺を寄せて黙考していると、突然思い出したかのようにゾムが口を開いた。
「一ヶ月前ってちょうど宴会した日じゃない?」
「そういえばそうですね」
「あん時の大先生の一発ギャグほんまおもろかったわぁ。またやってくれんかな」
思い出話で盛り上がっている二人をよそに、シャオロンが琥珀色の瞳を静かに見開く。宴会。そうだった、あの日は幹部の連中で宴会を開いたんだった。酒を浴びるほど飲んでバカ騒ぎしたのを覚えている。ともすると、シャオロンの中で一つの可能性が浮かび上がってきた。
「そっか……酔っ払ってたから覚えてへんのかも……」
「酒弱いもんな、シャオロン」
シャオロンは酒に弱い。それはもうコップ一杯飲むだけで顔を真っ赤に染め上げてしまうほどに。対するロボロはザルを超えてワクといっても良いほど酒に強く、一升瓶を丸々飲んでもその顔色ひとつ変わることはない。
今まで酒で記憶を飛ばしたことはないが、あの日、酔っ払ってベロベロのシャオロンとほぼ素面のロボロのどちらがより信用できるかなど比べるまでもないだろう。恐らくは酔っ払ったシャオロンとそれを介抱したロボロとの間で何かしらの間違いが起こり、酔っていたシャオロンが一日経って綺麗さっぱり忘れてしまったわけだ。
「俺、もう二度と酒飲まへん……」
原因がはっきりし、絶望したシャオロンが再び項垂れた。全て自分の落ち度だった。さらに最悪なのはシャオロンが酔っ払っていた状況を踏まえると、おのずと見えてくる事実があることだ。シャオロンとロボロ、どちらが恋人の関係を持ちかけたのかなんてそんなの自分が一番分かっている。
それは、きっと――。
「まぁ、本命相手やしええんちゃう?」
「はっ?」
なんてことないようにゾムが告げる。ガツンと頭部を殴られたような心地だった。たった今、とんでもないことを言われた気がする。シャオロンは震える唇で「それ、どういう……」と掠れた声を絞り出した。
ゾムの翡翠の瞳がぱちくりと瞬いて、シャオロンを映す。反射したその顔は不安でひどく引きつっていた。
誰にも知られないよう、悟られないよう、厳重に鍵をかけて心の奥底へ閉まっていたものを、無遠慮に引きずり出されるような感覚がする。触れられたくない部分にずけずけと踏み込まれているような気がして怯えた。やめろ、やめてくれ。どうしてそれを。
「え?だってお前、ロボロのこと好きなんやろ?」
――どうして。
それはシャオロンが絶対に知られたくない、ずっとひた隠しにしてきた想いだった。あの怜悧で冷えきった桃色の瞳が、優しく色付いて自分を映した瞬間、たしかに芽生えた感情に気づきこれは隠さねばならないと思った。だからシャオロンは自身の恋心に蓋をしたのだ。それをどうして、ゾムが知っている。
「な、なんで……」
「うーん、目?目ぇ見てたらなんか分かるわ」
あっけらかんと言うゾムに愕然とする。
自覚はあった。あの真っ直ぐ切り揃えられた艶のある黒髪や夕焼け色の和装が視界に入るたびに、視線が吸い寄せられるのだ。そうして無意識に目で追うと、心の中が言いようのない幸福感で満たされるのを感じた。必死に抑え込もうと努力しても、それがきっと瞳に滲んでしまっていたんだろう。
「……だ、誰があんなクソチビ童貞のこと好きやねん。勘違い甚だしいわ」
虚勢を張ろうとしても声が震えてしまい、まるで説得力がない。視線に耐えられず俯くと、手のひらが白くなるほど強く拳を握り込む。沈黙が痛かった。
「……どうにかして、ロボロと別れないと」
「は!?」
なんとか絞り出した言葉に、ゾムが戸惑ったように叫ぶ。隣のエーミールも困惑が入り交じった心配そうな表情を浮かべていた。
「別れなあかんねん」
断固とした、意志の強さを感じる声音だった。
きっとあの夜、抑え込んでいた気持ちがとうとう溢れてしまったシャオロンがロボロに迫ったのだろう。お前が好きだと、恋人になって欲しいと。俺のことだから、アイツが困るようなズルい言い方をしたんだと思う。そしてなんだかんだ優しいあの男は士官学校からの古い付き合いであるシャオロンを、マブダチを、放っておけなかった。そして渋々、シャオロンの手を取ったのだ。
弱みに漬け込んで、アイツの優しさに甘えているだけのこの関係を続けるつもりは微塵もない。解放してやるべきだと思う。男同士だから世間体も悪いだろうし、きっとこの生産性のない関係でロボロを始めとする色んな人間に迷惑がかかることもある。アイツの言葉を借りるなら、”非効率”というやつだろう。
――ちくりと痛みを訴える胸なんか、些細なことだ。
◆ ◆ ◆
陽が沈み、茜空がどっぷりと闇に飲み込まれる。インクを垂らしたような真っ黒い夜空に、小さな星々が煌々と輝いていた。今宵は満月のようだが、灰色の厚い雲に覆われ半分ほどしかその姿はみえない。そんな夜の情景を窓越しにぼんやり眺めていたシャオロンは、目の前の背中に視線を映す。テーブルランプに灯った明かりの元で、手際よく書類に印鑑を押しているのはロボロだ。
やがて厚さ三センチほどの書類の束に全て押印し終えると、そのいくつかにパラパラと目を通し、紙の束を立てて丁寧に角を揃える。そして一息ついたロボロはくるりと椅子を反転させ、シャオロンへ向き合った。
「おまたせ」
そう言って、ベッドに腰掛けるシャオロンの隣へロボロも腰を下ろす。その距離がやたら近いのは気のせいではないだろう。バクバクと自身の心音が早くなるのを感じた。
「それで話って?」
ロボロが小首を傾げてシャオロンに尋ねる。
別れると決意したあの日から、さらに一ヶ月が経過した。言い出す勇気ときっかけが中々掴めず、結局ズルズルと時が過ぎ、とうとう二ヶ月記念日を迎えてしまったのだ。流石にまずい、と焦ったシャオロンが「話がある」とロボロに伝えたところ、ロボロの自室に呼び出されて現在に至る。
両脚に力を入れ、クッションを強く抱き締めた。恐る恐るシャオロンが話を切り出す。
「……あの、俺らって……恋人、ってことでええんよな?」
「当たり前やん」
当然のように肯定され、息が詰まった。ここまできて怖気付いている自分に気がつく。シャオロンは覚悟を決めたように細く息を吐いた。
「……ロボロ」
「なに?」
心臓が波のように動悸をうっている。指先は緊張で震え、手のひらには汗が滲んでいた。言わないと。シャオロンは息を飲んで、意を決したように顔を上げる。琥珀の瞳が真っ直ぐにロボロを見つめた。
「別れよ」
シャオロンが、はっきりと告げた。その声は情けないことに震えていたような気がする。目の前のロボロを見ていることができず、口にしたもののまたすぐに視線を逸らし、俯いた。唇を固く結んで噛み締める。黙ったままのロボロに冷や汗が額をつたった。
「……は?」
底冷えするような声音だった。背中に冷たいものが走る。はっとして見上げれば、凍てつくような桃色の瞳がこちらを睨んでいて全身の血の気が引くのを感じた。
「なにそれ。どういう意味?」
「いたッ、痛いロボロ!」
ロボロがシャオロンの右手首を掴みあげた。強く握り込まれた手首がミシミシと軋む。細い腕に折れそうなほど力が込められ、シャオロンが痛みに顔を顰めた。確実に痣になっている。そして抗議の声も届かず、手首を掴んだままのロボロにシャオロンは強引に引き寄せられた。その桃色の瞳の奥には、明確に苛立ちの色が滲んでいる。
「聞いとるやろ。返事せえ」
「……ッそのまんまの意味や」
「ふーん」
ひどく不愉快そうな表情のロボロは鋭い目つきでシャオロンを見下ろし、掴んでいた手首から手を離した。その声音には相変わらず温度がない。わけが分からなかった。何故ロボロがこんなに怒っているのかも理解できない。
「俺との約束破るん?」
「……約束?」
身に覚えのない単語にシャオロンが首を捻った。必死に記憶を手繰り寄せるが何も思い当たらない。きっとこれもあの夜に起きた事柄の一端なのだろう。自分とロボロはあの夜、なんらかの”約束”を交わしたらしい。覚えていないシャオロンが何も答えられずにいると、目の前の彼が口を開く。
「最近変やとは思っててん。……シャオさん、俺のこと嫌いになった?」
弱々しく呟かれた声は震えていて、どこか寂しそうだった。不安そうに眉を下げたロボロのらしくない顔が視界に映り、反射的に叫ぶ。
「ち、違う!」
「じゃあなんで?」
「……えっ、そ、それは……」
聞き返されたシャオロンが口ごもり、しどろもどろになる。正直にも言えず、どう誤魔化すべきか返答に窮していると、ロボロが桃色の瞳をほんのわずかに見開いた。
「……もしかしてお前、酔ってて覚えてなかったりする?全部忘れてもうたけど、今の今まで言い出せんかっただけとかちゃうよな……?」
「そ……」
その通り、さすがロボロ。俺のことを誰よりも理解している。前のめりになったシャオロンは表情を輝かせ、助け舟に乗っかろうとロボロの顔を目にした瞬間、息を呑んだ。
――その表情は、あまりにも不安で満ちていて。
心細そうに影を落とすその顔は、今にも泣き出しそうにもみえた。否定してくれ、という心の声が聞こえてくるようだ。いつも飄々としているロボロのこんな表情を見るのは初めてのことで、シャオロンは良心の呵責に苛まれる。肯定しようにも、喉につっかえたように言葉がでてこない。 そして縋るように見上げる桃色の瞳と目が合い――
「そ、そんなわけ……ないやん……」
――気がつけば、否定の言葉が口から零れていた。
「ほんまに?」
「お、おん……」
もう半ば投げやりにシャオロンが頷くと、「良かった」とロボロが嬉しそうに微笑んだ。真実を打ち明ける機会をたった今、完全に失ってしまった。自分の意思の弱さに我ながら呆れていると、ロボロの手のひらがそっとシャオロンの頬を撫でる。その表情はさっきまでのしおらしさはどこへ行ったのか、満足そうに瞳を細め、得意満面だった。
「じゃあ『別れるのは無し』って約束、覚えてるやんな」
「えっ!?……も、もちろん」
「約束は守らなあかんやろ?」
「……そ、そうですね」
その有無を言わせぬ物言いに、シャオロンはただ肯定することしかできない。だが、ロボロが口にしたその”約束”の内容に耳を疑った。
ひょっとすると、一方的にシャオロンが迫ったのをロボロが断れなかったのだと決めつけていたが、実は双方の合意の上で付き合ったということはないだろうか。ロボロの律儀な性格がそうさせている可能性もあるが、そうでもないと「別れよう」というシャオロンの提案をロボロが拒否する理由が思いつかないのだ。
つまり意外と乗り気、とまではいかずとも、ロボロにとってシャオロンとこの関係を持つのはそれほど苦痛ではなく、抵抗感がないように見えるのも気のせいではないのかもしれない。もしかするとロボロもシャオロンのことを好いているのでは、と希望的観測が一瞬脳によぎるが頭を振って思考の隅へ追いやる。それは流石に都合の良い解釈というやつだ。
しかしその約束はどちらかの、否、シャオロンの方は元々一途な性格だし、何度捨てようと思っても捨てることができなかったこの年季の入った想いが今さら変わることはないが、ロボロの心境が変化した場合のことは考えていないのだろうか。
「ふふ、分かってくれたみたいで良かったわ。さっきのは聞かんかったことにしとくな?」
「……はい」
嬉しそうに頬を緩めたロボロの表情を見て、シャオロンはもう考えることを放棄した。こいつが良いと言うのならまぁいいかと受け入れたのだ。つくづく、シャオロンはロボロに甘い。
「……ところでシャオロン」
すると突然、ロボロが思い出したかのように口を開いた。なんとなく嫌な予感がした。
「二ヶ月記念には何か用意するって約束もあったはずやで」
「……あっ」
シャオロンが琥珀の瞳を丸く見開いた。一ヶ月前のロボロの言葉を回想する。
――気にせんでええよ。でも二ヶ月記念は何か用意しといてな。
言っていた、確かに。あの日はそれ以外のことが衝撃的だったせいですっかり頭から抜け落ちていた。それにそもそも、シャオロンは別れ話をするつもりでここへきていたのだ。当然、なんの用意もしていない。たらりと冷や汗が背中を流れた。
「……え、えっと」
シャオロンが視線を彷徨わせる。手のひらを落ち着きなく開いたり閉じたりしたところでプレゼントは現れない。とにかく何か言わないと、と焦って気が動転したシャオロンは勢いのまま口を開いた。
「プレゼントは俺……みたいな?」
なんとか捻り出した言葉はドラマや漫画でよく耳にするフレーズだったが、口にした瞬間とんでもない羞恥心が襲ってきた。成人男性が一体何を言っているんだ。間違いに気づくと、顔全体が熱を帯びるのを感じた。きっと耳まで真っ赤になっているに違いない。
「なーんちゃっ……」
誤魔化すよりも早く肩を押され、強引にベッドへ背中から倒される。起き上がろうとすると、即座にロボロがシャオロンの上に覆いかぶさった。シャオロンの手のひらを這うようにして、その細い指がするりと絡みつく。そのまま恋人繋ぎでシーツの上に縫い付けられた。
「ロ、ロボロ……?」
戸惑ったままシャオロンが見上げると、射抜くような桃色の瞳と目が合った。ごく、と喉が鳴る。薄暗い空間の中、ギラギラと光る瞳は普段の無機質なそれとは程遠く、その奥には明確な欲が滲んでいた。
「……んふ、めっちゃええプレゼントやん」
そう言って形の良い唇が緩りと弧を描く。喰われる、とそう思った。しかし、その愉悦混じりのマゼンダを見つめているとすぐに絆されてしまう自分がいるのだ。満足そうに微笑むその恐ろしく整った顔のせいで、大抵のことはまぁいいかと許してしまう。現に今もそうだ。
(……まったく本当に)
シャオロンが吐息を漏らす。そしてゆっくりと近づく唇を、静かに受け入れた。
――俺は、こいつに甘すぎる。
◆ ◆ ◆
時刻、深夜二時。幹部棟の上層階に位置する監視室にて視界に広がるモニターをぼんやり眺めながら、煙草を吸う男が一人。その伸びた黒髪から覗く群青の下にはくっきりと濃い隈が滲んでいる。
皺だらけのスーツを身に纏った男、鬱がオフィスチェアの背にもたれかかり大きく欠伸を零すと背後の扉が開いた。
「ここ禁煙やぞ」
鬱が振り返ると、逆手で扉を閉める見慣れた姿が目に入った。平均よりもやや低めの背格好に橙色の和装、天とかかれた雑面から垣間見える怜悧で冷えきった桃色の瞳。鬱と同じく情報機関に所属しているロボロだ。
モニターに向き直った鬱が、先ほどまで咥えていた煙草を手元の灰皿に押し付ける。様子を伺うようにロボロを後目で盗み見るが彼は鬱には一瞥もくれず、そのまますっと通り過ぎた。いつものようにガミガミ説教されると思っていた鬱は肩透かしを食らったような気分になる。
棚の書類を慣れた手つきで整理し始めたロボロの後ろ姿をそっと観察しながら、その背中に声をかけた。
「なんか用事?」
「いや、ちょっと書類確認しにきただけ」
「ちびっ子は寝る時間やで」
「誰がちびっ子やねん。……まぁ、ついでや」
一体何のついでなのかは分からないが、その横顔は目に見えてご機嫌だった。鼻歌でも歌い出しそうだと思った矢先、ロボロがメロディを口ずさみ始める。その耳触りの良い声に耳を傾けながら、喫煙していた鬱に大して怒らなかったわけに納得した。
「そういえば、シャオちゃんと付き合ってるらしいやん」
世間話のつもりで何気なく口にすると、それを聞いたロボロの手が一瞬動きを止める。するとロボロは書類を手にしたまま、鬱の方を振り返って小さく笑い声を零した。
「せやで。誰から聞いたん?」
「ゾムさん」
ついこないだ神妙な面持ちのゾムに相談があると呼び出され、ロボロとシャオロンが付き合っているのだとこっそり教えてもらった。傍からみていてお互いがお互いに並々ならぬ想いを抱いているのは丸わかりだったため、大して鬱は驚かなかったが。
しかし何故自分だけ呼び出されたのだろうと疑問に思い始めた辺りで本題が切り出され、「俺、余計なこと言ってもうたかも……」と珍しくゾムから相談を受けたのだ。詳しく聞いても、ゾムですら何がシャオロンの地雷だったのか皆目見当がつかないと言うので、流石に謝ろうにも理由が分からないのであればお手上げだとそのとき鬱は大した力になれなかったのを覚えている。
あの時のゾムの思い詰めた表情が気がかりだったので探りを入れるつもりの話題でもあったのだが、ロボロの首筋に残された噛み跡を見るにどうやらゾムの杞憂だったらしい。相変わらずすこぶる機嫌の良いロボロに安堵の息を吐いた。
「やっぱりロボロから告白したん?」
「してへんよ」
「えっ、意外やわ。シャオちゃんに告白されたんや?」
「されてへんけど」
鬱の思考が停止する。遠回しな物言いを汲み取るのは鬱の十八番だが、今ばかりはロボロの言っていることがさっぱり理解できなかった。
「……ごめん、僕にもわかるように説明して」
「えー……」
鬱がそう言うとロボロは面倒くさそうに溜息をついた。そして思案するように上空を見上げながら、顎に手を当て悩むような仕草をする。それから少しして「まぁええか」と呟くと、ロボロはおもむろに口を開いた。
「シャオさんってどうみても俺のこと好きやん?」
「えっ?……いや、まぁ」
その通りなのだが、あまりにも自信満々な様子で本人に堂々と言い切られるので少し動揺してしまった。シャオロンからの想いをロボロが確信していたのも軽く衝撃で、鬱は煮え切らない肯定を返す。ロボロは気にせず続けた。
「でも、将来がどうとかで一生告白してこーへんから焦れったくなってきて。かといって俺が告白したところで簡単に頷かんのは容易に想像できる」
鬱は心の中で同意した。確かにシャオロンはロボロに対して迷惑を掛けたくないというような気持ちが殊更強いように見える。
「そこで思いついたんや。ならシャオロンが受け入れざるを得ない状況にすればええやんって」
雲行きがにわかに怪しくなってきた。興味本位で聞いた自分の行動を今さら悔やむ。これはやぶ蛇だと、鬱の長年の勘が言っていた。
「やからシャオさんが宴会で酔っ払ってた時に恋人になったってことにしてみた。あいつ、俺に甘いし責任感も強いから絶対流されてくれると思って」
鬱が絶句する。やはり聞くべきではなかった。
つまりロボロとシャオロンは一般的な告白を経て両者の合意の上、恋人関係になったのではなく、ロボロの嘘にシャオロンが騙されたということだ。人の心とかないんか。内心そう思ったが、そういえば元々なかったと思い直す。日頃の怒りっぽく真面目な性格のロボロをみているとつい忘れそうになるが、本来の気質は効率至上主義かつ利益第一主義で、自身の目的のためならば手段を選ばない男なのだ。とはいえ、いくら自分もロボロが好きだからといって訂正せずそのまま付き合い続けるシャオロンもシャオロンである。ロボロという男に甘すぎやしないか。
「別れようって言われたときはちょっと焦ったけど……ほんまチョロくて助かるわ」
満足げにロボロが笑みを浮かべる。鬱と水色頭の後輩はよく詐欺師なんてあだ名で呼ばれるが、この瞬間、ロボロの方がよほど詐欺師の名に相応しいと鬱は密かに思った。もはや動揺を通り越し、呆れ返った鬱が息を吐く。
「……お前、嘘つくのほんまに上手いよな」
「俺はそんな嘘つかへんよ?」
「それが既に嘘やん」
ロボロは肩を揺らしながらくすくすと笑うと、どうやら書類の確認が済んだらしく棚に背を向けて踵を返した。
雑面に隠れたロボロの瞳がすれ違いざま視界に映り、鬱は息を呑む。それはあまりにも美しく、しかしどこまでも濃い闇を宿していた。どろりと滲んだ全身に絡みつくような深い色に、鬱はふるりと身体を震わす。
すると用は済んだとばかりに監視室の扉に手をかけたロボロが、ふとこちらに顔だけ振り向いた。ふわり、と顔面を覆う雑面が一瞬浮かんでその顔立ちがはっきりと見えると、ぼんやりと光るマゼンダが鬱を捉える。
「……まぁなんにせよ、逃がすつもりはないで」
ロボロはうっとりとした表情で唇の端を釣り上げ、そう言い残した。ガチャリ、音を立てて扉が閉まる。一人残された監視室でその扉を見つめながら溜息をついた鬱は、ひっそりとこう思った。
(……シャオちゃんも厄介な奴に捕まったな)
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策士、rbrさん。
逆パターンも書いてみたいな。
ふゅう@低浮上
10,056